一人称小説ならではの「ミスリード」からのカタルシス
ここでの小依さん(に入り込んでいる夏音さん)の自意識としては、「みんなに最初から本当のことを話せていなかった」「よりちゃんとなら隠し通せると思っていた」という感情があったものと思います。一人称小説では「記述している当人の感じていること以上のことを記述できない」という性質がありますので、ここだけを読むと小依さん(に入り込んでいる夏音さん)の持つ罪悪感から「周囲の天使たちの視線が痛い」という描写として読めてしまいます。
ただ、私たちは「天使たちの紡ぐ物語では猜疑心や罪の意識といった【深刻な負の感情】は基本的に登場しない」ということを知っていますので、ここで小依さん(に入り込んでいる夏音さん)の感じている心配や恐れは杞憂であると分かります。その為、このちょっとしたネガティブな記述は「読者にも私たちと同じ不安を感じてほしい」と小依さん(に入り込んでいる夏音さん)が仕掛けた一種の「谷」であったと考えられます。
この「谷」の後、天使たちからの言葉が降り注ぎます。
「気にしなくていいぞ。それに、当たり前だ! かのんとこより、話してくれてうれしいぞ」
「うんうんー。一番大変なのは二人だもんネ。もちろん信じるよー」
「朝起きた時からってことは、寝ている間に何かあったってことかな」
「入れ替わりかぁ。花ちゃんと入れ替わっちゃったらいろいろと大変そうだな・・・」
ひなたさんと乃愛さんからは、直接的に「信じるよ」という言葉を。
花さんとみやこさんからは「信じていることが前提」となる言葉を。
天使たちの言葉を受け、「みんな信じてくれて嬉しいな。ありがとう。」という小依さん(に入り込んでいる夏音さん)の地の文にて、一旦この不安からの解放によるカタルシスを得る流れは閉じます。
天使たちが互いに信頼関係を結んでいることは周知の事実ではありますが、物語の主導権を握っている小依さん(に入り込んでいる夏音さん)の采配により「読者側も追体験としてカタルシスを得る」ことを目的としたパートとなっています。
即興ならではの「視点のキャッチボール」
何気ない会話のやりとりに聞こえますが、ここも個人的にはかなり高度な「視点のキャッチボール」をされているように感じました。視点の、と申しますのは「みやこさんたちにスポットライトを当てる」為の「カメラの切り替え」といった意味合いです。
今回のお話では、まさに「種村小依さんと小之森夏音さんの濃密な睦まじさ」を堪能することができます。しかし、ここのパートは小依さん夏音さんの周囲の天使たちにスポットライトが当たっていますね。これも恐らく、物語の主導権を握る小依さん(に入り込んでいる夏音さん)の采配であり、「あまり私たちだけに閉じた話にしちゃうのもよくないよね」というバランス感覚からこのようにされているように感じられます。
血盟チャットでのやり取りは特に見受けられないのですが、みやこさんの「入れ替わりかぁ。花ちゃんと入れ替わっちゃったらいろいろと大変そうだな・・・」というセリフが橋渡し役となっています。このセリフにより小依さん(に入り込んでいる夏音さん)も自然とみやこさん側にボールを渡すことができました。
つまり
「入れ替わりかぁ。花ちゃんと入れ替わっちゃったらいろいろと大変そうだな・・・」
というセリフによりみやこさんの「こっちに渡してもらって大丈夫だよ」という意思表示がなされ、小依さん(に入り込んでいる夏音さん)の
「みやこおねぇさんはいろいろと想像しているみたいで、うんうんとうなっています。大丈夫かな・・・。」
という地の文によりボールをパスした形となります。ここからは「いつもの天使たち」ということで乃愛さん、花さん、ひなたさん、みやこさんで会話が進行します。
彼女たちのやりとりの効果としては、続く小依さん(に入り込んでいる夏音さん)のセリフにあるように「いつものみんなで緊張が解けていく」というものでした。「いつも通り」であることは安心感を得る為に必要なことですね。
そして、ここのパートをただの寄り道で終わらせないのが天使たち。しっかりとひなたさんにより「失敗」というお題まで回収されたのでした。今回もナイスアシストのファインプレーでしたね。
入れ替わりネタのお約束
劇場版 魔法少女まどか☆マギカ[前編] 始まりの物語 冒頭のシーンより
食パンをくわえて「遅刻遅刻~」と走る参考画像として、まどかさんを引用させていただきました。現実的に考えるとお行儀が悪いのですが、かわいらしさでそれも打ち消されていますね(ほむらさん視点)。
高度な会話のすり替え(乃愛さんの小悪魔話術)
ここの会話は思わず笑ってしまいました。「一応なんて予防線いらないでしょー」については、さすが乃愛さん素晴らしいことをおっしゃいますね。と思ったのですがこれはただの「呼び水」でしかなく、次のセリフで会話の主旨が完全にすり替えられてしまっています。
「好きなら好きって言わなきゃ―」
斬り込まれた花さんも、いつものように切り返すことができずたじろいでしまい、エプイさん乃愛さん連合軍に応戦するだけで精一杯の状況に。
「まだそんな関係じゃないから」
「まだね!」
「まだだったかー じゃあ明日くらいにはちゃんと伝えてネ☆」
「期間短すぎ」
最初のみやこさんの「お友だちっていいなぁ」という話題が小悪魔乃愛さんにより完全にすり替えられてしまいましたね。さすが話術に長ける乃愛さんです(微笑)。
ここに付随して少しだけ技術的、と言いますか「心構え」の点で気づいたことを。花さんは原作では「みやこさんには敬語を使う」「同級生にはぶっきらぼうにズバッと言う」を徹底しています。常にこちらの花さんもそうなのですが、ここのみやこさんへの「お姉さんも、一応は私たちのお友だちですよ」からの乃愛さんへの「まだそんな関係じゃないから」の切り替えが非常に原作再現度が高いですね。また、上記のように「追い込まれた状況であっても【白咲花としてのルール】は崩さない」という鋼の意志を感じました。
やはりすべては観客に楽しんでもらうために。それぞれの天使がそれぞれで在り続けるという「サービス精神」の元に行動されているなと感心いたしました。
改めて、天使たちは猛者揃いですね……。