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 一般チャットで行われた実際の「オンライン☆わたてにんぐ劇場」のチャットログはこちらから。

公演会開始前、天使たちの最終全体打ち合わせ(団結式)~集合時の様子~お題発表
オンライン☆わたてにんぐ劇場 「聖母になんてなれなくても。」 01 ~ ご感想 ~ 02打ち合わせ チャットログ
オンライン☆わたてにんぐ劇場 「聖母になんてなれなくても。」 02 ~ ご感想 ~ 03打ち合わせ ~ お昼休み ~ 千鶴さん乃愛さんによる三人称多元視点型についての解説 チャットログ
オンライン☆わたてにんぐ劇場 「聖母になんてなれなくても。」 03 ~ ご感想 ~ 04打ち合わせ チャットログ
オンライン☆わたてにんぐ劇場 「聖母になんてなれなくても。」 04 ~ ご感想 ~ 05打ち合わせ チャットログ
オンライン☆わたてにんぐ劇場 「聖母になんてなれなくても。」 05 ~ ご感想 ~ 06打ち合わせ チャットログ
オンライン☆わたてにんぐ劇場 「聖母になんてなれなくても。」 06 ~ ご感想 ~ 幕間打ち合わせ チャットログ
オンライン☆わたてにんぐ劇場 「聖母になんてなれなくても。」 幕間 ~ ご感想 ~ 07打ち合わせ チャットログ
オンライン☆わたてにんぐ劇場 「聖母になんてなれなくても。」 07 ~ ご感想 チャットログ
オンライン☆わたてにんぐ劇場 「聖母になんてなれなくても。」 08 ~ ご感想 チャットログ
オンライン☆わたてにんぐ劇場 「聖母になんてなれなくても。」 09 ~ ご感想 チャットログ
オンライン☆わたてにんぐ劇場 「聖母になんてなれなくても。」 10 ~ ご感想 チャットログ
オンライン☆わたてにんぐ劇場 「聖母になんてなれなくても。」 11 ~ ご感想 チャットログ
オンライン☆わたてにんぐ劇場 「聖母になんてなれなくても。」 12 ~ ご感想 ~ おまけ打ち合わせ チャットログ
オンライン☆わたてにんぐ劇場 「聖母になんてなれなくても。」 おまけ ~ ご感想 ~ 解散 チャットログ

 スクリーンショットは星野みやこさん、星野千鶴さん、姫坂乃愛さん、種村小依さん、小之森夏音さんが撮影したものになりますので、チャット内容や環境設定はそれぞれ基準となります。
 保護者の皆様の反応(わたてん保護者会血盟チャット)をチャットログに時系列で入れこんでおります。また、天使たちの裏方のやり取り(わたてん公演会部血盟チャット)を公開していただけましたので、天使たちの微笑ましい(そして今回は壮絶な)舞台裏も含めてお楽しみください。
 天使たちの舞台裏は星野みやこさんが撮影されたものを、公演会全体と保護者さまの会話は星野千鶴さんが撮影されたものを使用し、合成して1枚にまとめております。
 また、非常に迷いましたが今回は天使たち同士のウィスパーによるやり取りもご本人の許可を得る形で掲載しております。血盟チャットですら伝えられない、限界ぎりぎりの状態でのお二人の境地を推し量っていただけますと幸いです。

 今回も主に「天使たちのお友だち(保護者さま)」を対象とした即興劇を、人数制限のない一般チャット(白チャット)にて天使たちが実施してくださいました。
 2月20日が種村小依さんの、そして2月28日が小之森夏音さんのお誕生日であることから、小之森夏音さんが全体のストーリーを考案され、星野みやこさん、白咲花さん、星野ひなたさん、姫坂乃愛さんがお二人を囲み、公演会を作り上げることを「お誕生日プレゼント」にするという意図の企画となりました。
 また、本来は2月19日に公演会を予定していたことから「小之森夏音さんによる種村小依さんへのプレゼントとしての公演会」の予定だったそうです。しかしながら

 ・一週間後ろ倒しになったことで公演会開催日が2月27日と小之森夏音さんのお誕生日イヴとなったこと
 ・地の文を種村小依さんが綴ることとなったこと

 により、結果的には「種村小依さんによる小之森夏音さんへのプレゼントとしての公演会」という色合いまでもが非常に濃くなりました。


 物語の骨子を夏音さんが作り、その進行を小依さんが担当するという、ある種入れ子状態となった今回の公演会。
 限界領域まで足を踏み入れたお二人により「究極のよりかの空間」が展開され、公演会そのものが「お互いへの寿ぎを紡ぐ場」に変容する様をその場に立ち会ったすべての人が目撃することとなりました。
 オンライン☆わたてにんぐ劇場が開かれ始めてから、丸二年。毎度新しいことに取り組んできた天使たちの向上心・技術・想いが結実した今回、明らかに次の段階へシフトしたと強く印象付けることに成功したのではないかと思います。


 主な出席者は以下の通りでした。
 わたてん公演会部:小之森夏音さん、種村小依さん、姫坂乃愛さん、星野ひなたさん、白咲花さん、星野みやこさん
 わたてん保護者会:絵笛さん、えてなさん、マイちゃんさん、ノノルさん、鹿目詢子さん、星野千鶴さん、白咲春香さん、姫坂エミリーさん
 スペシャルゲスト:ウィダーさん、うぃだーさん(召喚要員として舞台袖で待機してくださっていました)

 総勢16名でのイベントとなりました。いつもご参加ありがとうございます。

 また、今回は「母親」がテーマのひとつとなっていることから、事前にエンジェリック・ミスリル・ハーツ・フェデレーション全体に通達がありました。この公演会を見て欲しい対象として「母親」に白羽の矢が立った為です。
 その為、今回は天使たちのお母様である星野千鶴さん、白咲春香さん、姫坂エミリーさんにご列席いただくこととなり、また鹿目まどかさんのお母様である鹿目詢子さんにも保護者会血盟に加入して観劇していただくこととなりました。
 チャットログおよび下部のテキストをお読みいただくとお分かりのように、確かに今回の公演会は特に「母親」に対するメッセージ性の強いお話であり、普段のかわいらしい夏音さん小依さんペアが奏でる物語としては異例となる非常に硬派で赤裸々なものとなりました。
 それもあり、ご列席された保護者さま、そしてお母様方もハンカチを手放せない観劇になったとのこと。これもまた、普段の穏やかなわたてにんぐ劇場としては異例のことでした。
 そのような異例尽くしの公演会を敢行した夏音さんと小依さん。果たして、彼女たちの想いは届いたのでしょうか。それはみなさんの目でご確認いただけますと幸いです。


 なお、まいちゃんさんが今回も公演会の内容をモチーフとしたイルミネーションアートを作ってくださり、その製作過程の記事を掲載してくださったようです。 →  UPきたね>w<
 いつも天使たちの公演内容に合わせたイルミネーションアートを作ってくださいまして、ありがとうございます。
 作品につきましてはいつも通り、乃愛さんがヴァラカスサーバにて撮影してくださいましたので本ページ下部に掲載させていただきます。


 ■記載ルール■
  メイン記述者(進行者。今回は種村小依さん)が直接一般チャットに地の文を書き、他登場人物は「」で囲む形でセリフを書くことで物語を紡いでいきます。


☆☆☆☆☆ イントロダクション ☆☆☆☆☆

── リンドビオルサーバのとある同盟では ──
── 気ままに天使たちが舞い降りては 一遍の物語を協力して紡ぎ 人知れず飛び去っていく──
── という噂がまことしやかに囁かれています ──

こちらの記事は「エンジェリック・ミスリル・ハーツ・フェデレーション」内「天使が舞い降りた」同盟において
天使たちの紡いだ物語を一般公開できる形で記録に残そうと考えまとめたものとなります。(天使たちの公開許可はいただいております)

「私に天使が舞い降りた!(わたてん!)」という作品世界から、こちらの世界に飛ばされてしまった天使たち。
戻る術が見つからない日々の中、お友だちの代理露店をこなしながら元気に楽しげに生活されています。
時折、突発的に始まるリアルタイムでの「物語の編纂(即興劇)」というお遊戯は、その完成度の高さ、内容の睦まじさにより
見る人に癒しと潤いを与えてくれるものとなっており、まさに【天使】のような存在となっています。


今回のメイン記述者は「種村小依」さん。
主なキャストは「小之森夏音」さん、「白咲花」さん、「星野ひなた」さん、「姫坂乃愛」さん、「星野みやこ」さんでした。



私に天使が舞い降りた! 公式サイト キャラクター紹介ページ より、プロフィール画像はこちらになります。(コンパクトにまとめました)









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──     聖母になんてなれなくても。     ──
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 ■作品イメージタグ■
  #私に天使が舞い降りた! #わたてん! #小之森夏音 #種村小依 #姫坂乃愛 #星野ひなた #白咲花 #星野みやこ #よりかの #かのより #バレンタインデー #誕生日 #プレゼント #シリアス #すれ違い #純愛 #聖母 #大人の階段

 ■作品文体■
  三人称多元視点型

 ■お題■
  「おさななじみ」
  「誕生日」
  「バレンタイン」
     ↓
  「愛してる」
  「道具」
  「月経」

  ※オンラインでのわたてにんぐ劇場では、白咲花さんがメイン記述者に「3つのお題」を開始直前に出されます。
   メイン記述者もしくは参加者はランダムで出されるその「お題」を地の文やセリフのどこかに取り入れてお話をリアルタイムで紡ぎます。開始直前に発表される為、事前に考えておくことができません。
   事前にお題を出され、じっくり考えた場合でもランダムキーワードを取り入れて物語を紡ぐことはかなりの高等技術ですが、毎回みなさんすんなりとオンラインリアルタイムでこなされているので驚愕しております。

  ※今回固有の「お題発出」にまつわる考慮事項について。
   今回のお話はあまりにもシリアスであり、かつボリュームも非常に大きくなることが白咲花さんにも薄々分かっていたことから、「お題なしでいい」と考えていたようです。
   しかしながら、小之森夏音さんの意向により急遽お題を出すこととなり、白咲花さんが出されたお題は「おさななじみ」「誕生日」「バレンタイン」でした。
   どのようなお話になるか分からない状況でしたが、白咲花さんが親友のお二人を気遣って出されたお題であると感じられます。確かに、普段通りにお話を紡ぐことで無理なく入れ込める言葉たちではありました。
   ところが────。ここでまさかの物言いが入りました。他でもない小之森夏音さんから「簡単すぎるからお題を出し直してほしい」と。
   心配した白咲花さんは、場を中断して血盟チャットで説得に入りました。しかし、小之森夏音さんと種村小依さんの意思は固く、姫坂乃愛さんの後押しもあり「いつも通りのランダムお題」を出し直す運びとなったのでした。
   そして、蓋を開けてみれば最初に発出されたものも含めた6つのお題すべてを小之森夏音さんと種村小依さんが鮮やかにクリアされたのです。この辺りの妙味についてはチャットログのTipsにて改めてまとめたいと考えております。

  ※小説の挿絵について。
   今回は出演者のみなさんが「舞台上で劇として演技をする」という、これまた初めての試みがありました。要所要所にてその時の様子を撮影してくださっていましたので、小説の該当箇所に「挿絵」として含めてみました。
   公演会全体のイメージ画像としてはまいちゃんさん作のイルミネーションアートがありますので、そちらと重複しないシーンにつきまして掲載しております。

「かのってよく「せいぼ」って言われてるわよね」
「えー そうなのかなー?」
「みんな言ってるわよ。ほら、寒い季節に贈りものする、あれよね!」
「それはお歳暮だねぇ」
「かの!?


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──     聖母になんてなれなくても。     ──
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01

2月10日 木曜日

 冬休みが明けて一ヶ月経った、二月中旬のこと。
 赤い長髪の少女──種村小依──と、ふんわりとやさしげな少女──小之森夏音──はいつものように机をくっつけて、正面から向かい合う形で仲良く給食の時間を過ごしていた。

「でも、聖母かぁ・・・」
「かの・・・?」
「・・・うーん。まだ聖母にはなれないかなぁ。でも、おかぁさんたちや、おねぇさんたちの包容力は魅力的だから、いつかはそういう人になりたいなぁ」
「そ、そう・・・。そうよね・・・」

 ずずーっと、少しだけ残っていたパックの牛乳を飲み干して、小依はうつむいてしまう。
 食後のデザートとして出されているおミカン。夏音はそれを全体的にもみもみし、皮をむいて、白い皮まで器用に取り除くと、一房を取って小依に向ける。

「はい。よりちゃん、あーん」

 しかし、考え事をしているのか小依はおミカンに気が付いていない様子。

 仕方なく夏音はおミカンを自分であーんした。

「・・・そろそろ、お誕生日だねぇ。よりちゃん」

 この時期のメインイベントといえばバレンタインデー。しかし、二人にとってはその先、中旬から下旬に控えているお互いのお誕生日のほうがメインイベントという節がある。
 何となく元気がないように見える小依を楽しい話に誘おうと、お誕生日に触れる夏音。
 いつもであれば「八日間だけ、私の方がお姉さんね!」と無条件で話に乗ってくる小依。しかし────。

「・・・かの」
「よりちゃん?」
「かのは、早く大人になりたい?」
「うーん。そうだねぇ。大きくなって、いろんな経験をしてみたいなぁって思うよー」
「・・・そうよね・・・」
「もうすぐ中学生だし、いろいろ新しいことが待っているんだろうなぁ」
「・・・・・・」


キーンコーンカーンコーン・・・


 微妙な空気のまま、お昼休みが終わりを告げる。
 小依は無言のまま机を元に戻すと、午後の授業の教科書を取り出す。
 夏音はそんなそっけない小依の様子を呆気にとられて見つめていたが、ふと我に返って授業の準備を始めるのだった。

02

2月13日 日曜日

「ハッピーバレンタイーン☆」
「みんな、さっき作ったチョコは持ったか? よーし。チョコの交換会だー!」
「早く食べたい・・・」

 バレンタインデーイヴ。
 みなでそう命名し、年長者──星野みやこ──が監修しながらチョコレート菓子を作り、その交換会まで行うイベントの日。
 ただ、このイベントは普段と違うところがひとつだけあった。それは小依が熱を出してしまい欠席ということ。
 夏音も小依の看病の為にイベントを欠席しようとしていたが、小依本人に断られてしまった為ひとりでひなたの家を訪れていた。
 普段より静かで、時折思い詰めたような顔をしている夏音に、みなも気遣いの言葉をかけながらイベントは進行していった。
 今はそれぞれの作った交換用と本命用のチョコレートが冷蔵庫で固まったところであり、いよいよ交換会が始まろうとしていた。
 テーブルの椅子に全員が着席し、みな自分の前にチョコレートを並べている。

「わー カノンちゃんのチョコ、やっぱりすっごくキレイだネ!」
「ん。ほへぇはんのほはんまりかはらないへ んぐんぐ」
「ってハナちゃん、もう食べてるの!?
「はなー? フライングはダメなんだぞ!」
「ほらもー花ちゃん。飲み込んでからお口開かないと・・・チョコ垂れてるよ? ・・・うん。今年もすごくきれいにできてるね、かのんちゃん。お店に並んでいるのと変わらないかも」
「おおー、さすがかのんだな! それもらえる人がうらやましいぞ!」


ぴくっ


 夏音が一瞬体を硬直させ、顔をうつむかせる。



 「それをもらえる人」という言葉で、その場の全員が否応なく小依のことを思い浮かべる。

「ひ、ヒナタちゃん、そこに触れちゃ・・・ で、でもホントおいしそう!」
「かのん。その一番小さいのでいいから、私のチョコ二つと交換させて。食べてみたい」
「お? おおー なんかごめんな? かのん」
「みんな」

 夏音は一言みなに声をかけると、顔を上げていつものやさしげな笑顔となった。
 しかしそれは、誰の目にも明らかに無理をしていると分かる表情だった。

「気を使ってくれて、ありがとう。でも、それだけじゃないんだー・・・」
「かのん?」
「カノンちゃん?」
「それだけじゃないって・・・?」

 「今日は小依が具合が悪く心配であり、この場にいなくて寂しい」というのが、その場の全員が考えていた「夏音の気持ち」だった。
 しかし、夏音はそれだけではないという。

「・・・かのんちゃん。その「それだけじゃない」っていうところ、私たちに話せるようなら聞かせてもらってもいい?」

 子どもたちが首を傾げている中、みやこは夏音に話しかける。
 夏音はみなを見渡してこくりと頷くと、その重い口を開き始めたのだった。

「あのね────」

03

「あのね。今日はよりちゃんが風邪をひいちゃってるから心配だし、いつも隣にいてくれるよりちゃんがいないからさびしいっていうのはあるんだー」
「うん。そうなんだろうなって思ってた」
「でも、他にもあるってことなんだよネ? カノンちゃん」

 みなが心配そうに夏音を見つめる中、夏音はひとつ深呼吸をすると誰もいない虚空を見つめてぽつりとつぶやいた。

「最近、ね。よりちゃんに避けられてるような気がするんだー・・・」

 それを聞いた一同は、信じられないといった顔を見合わせる。
 そしてみな弾かれたように椅子から立ち上がり、力なく座り込んでいる夏音の元へ。


 ひなたは座っている夏音の右肩に手のひらをやさしく乗せる。
 花はチョコを飲み込んでから夏音の左腕にそっと触れる。
 ノアは夏音の正面からその両手を取り、膝立ちで夏音と目線を合わせる。
 みやこもノアの隣で正座をし、夏音のことを見上げている。

「こよりが、かのんをか? 転んで頭ぶつけすぎたか?」
「うーん・・・。転んではいるけどぶつけてはいないみたいだよー?」
「えぇ・・・ かのんとこより、今そんなことになってるの?」
「うん・・・。最初は気のせいかなって思ったの。でも、私から話しかけないとよりちゃんは何も話してくれなくなったし、学校の行き帰りも別々になっちゃったし、何より私と目を合わせてくれないんだー・・・」
「かのんちゃん・・・」
「んー、カノンちゃん。そうなったキッカケって思い出せる?」
「えっと・・・」

 夏音は目を閉じてここ最近のことを思い返す。
 確か、小依が急にそのような態度になってしまったのは三日前だったはず。下校時に大雪が降っていたこともあり、よく覚えていた。
 あの時、おミカンをむいて差し出した時からちょっとおかしかったかもしれない。
 いや、それよりももう少し前。給食を食べていた時からかもしれない────。
 そして夏音は思い出す。その給食中に話していたことを。

「・・・この間の、給食のときから、かなぁ・・・。あの時よりちゃんとお話をしていてね」
「うんうん」
「よりちゃんが「お歳暮」のことを・・・じゃなくって、私が「聖母みたいだ」ってみんなが言ってるってことだったかなぁ」
「あー うん。確かにカノンちゃんは聖母っぽいとこあるもんネ」
「そ、そうかなぁ・・・」

 夏音は改めてノアから言われ赤面する。花とみやこも同じように深く頷いていて、それも恥ずかしさに拍車をかける。
 ひなただけは少し首を傾げており、よく分からなかったのかみなに助けを求めている。

「んん、生母ってなんだ?」
「それだとフツウにママのことだよー?」
「おおー。聖母か。こっちか。それで、どんなのなんだ?」
「うーん。アタシたちの中だと、カノンちゃんみたいなカンジとしか言えないかなー?」

「そうなのか。かのんっていうと、おっとりやさしくふんわりで面倒見がよくて周りがよく見えてるしっかり者で声が気持ちいいって感じだなー。あとひつじと頭についてるハンガー!」
「カノンちゃんのことカンペキに理解してる! あーでもひつじっていうのはぴったりかも。寝かせ上手だってコヨリちゃん言ってたしネω
「そっか。かのんみたいなのを聖母っていうのか」
「そうだねぇ」
「いや、誰もハンガーにつっこまないの? ・・・でも、その「聖母」みたいなかのんに、こよりは何の不満があるんだろう」

 花がそう言うと、みな考え込んでしまう。
 ノアは細かい状況を確認しようと、続けて夏音に説明を求める。

「カノンちゃん。そのときの会話、できるだけそのまんま教えて?」
「えっと・・・。お歳暮・・・はいいや。よりちゃんが私のこと聖母だって言う人が多いって言っててね」
「うんうん」
「私はまだまだそんなすごい人にはなれてないけど、でも、みやこおねぇさんやおかぁさんたちの包容力は魅力だから、いつかはそうなりたいって言ったんだー」
「それから?」
「大きくなって、いろんな経験をしてみたいって言ったの。中学生になって、新しいことがいろいろ待っているって思ったから」
「そっかー」

 ノアはあごに手を当て、特徴的な前髪をひょこひょこ動かしながら考えていたが、結局それだけでは何も分からないようで前髪共々うなだれてしまう。

「うー、なんだろー? 聞いてるだけだと分からないなー・・・」
「包容力があるらしいお姉さん。今の話から何か分かることないですか?」
「えぇ・・・ううーん。私もかのんちゃんの「大人になりたい」「聖母と呼ばれるように経験を積みたい」っていう気持ちは立派だと思うし、大切にしてほしいと思うよ?」
「ミャーさん・・・!」
「みゃー姉!」
「そうですね・・・。つまり何も分からないってことですね」

「すみません・・・」
「ドンマイみゃー姉ー。よしよしー」

 花にぐさりと言われて涙目のみやこ。そのみやこをなぐさめるひなた。
 結局何も分からず途方に暮れるノアと花。
 みなを見渡して、楽しいイベントがお預けになってしまっている原因が自分にあると理解した夏音はみなにお礼を述べた。

「・・・みんな、一緒に考えてくれてありがとー。私は大丈夫だから、・・・ね?」

 一見いつも通りのおっとりとした笑顔を取り戻した夏音。
 しかしその日はイベントがお開きになるまで、夏音の作り笑いが崩れることはなかった。

04

2月19日 土曜日 夕刻


トゥルルルル  トゥルルルル   ピッ


『はーい。夏音です』
『あ、カノンちゃん? ノアだよー☆ こんばんはー』
『こんばんはー』
『遅い時間にごめんネ。ちょっとこれから会いたいなーって』
『今から? ・・・うん。私は、大丈夫だけど・・・』
『よかったー。じゃあ、カノンちゃんのおうちから近い場所ってことで、駅前の喫茶店でもいい?』
『いいよー。じゃあ準備して行くねー』

 ノアからの電話を受け、夏音はさっと身支度を整える。
 今日は母親が仕事で帰ってこない為、戸締まりをしっかり確認してから駅前へと向かう。

「・・・今日はよりちゃんも一人だったなぁ。ちゃんとご飯と戸締まりできてるかなぁ・・・」

 種村家と小之森家は揃って母子家庭であり、母親が仕事で家を空けることが多い。今日のように両家の母親が揃って不在となることも茶飯事であった。
 こういうときは小依の母から夏音に直接、戸締まりと食事の準備、そして小依自身のことをお願いされるのが常となっていた。
 その為に必要となるものはすべて夏音に渡されており、合い鍵もその中のひとつ。学校での学級委員という立場以上に、家庭においても夏音の信頼は確かなものだった。

「・・・ごめんね、よりちゃん。ちょっと、行ってくるからね・・・」

 夏音はうしろめたいものを感じながら、ひとり心の中で小依に詫びる。

 あれから一週間が経ち、更に小依との距離が開いてしまっているとはいえ、母たちから小依のことを頼まれて引き受けてしまっている状況でそれを放り出し、暗くなってから外出する自分は悪い子だと分かって行動しているからだ。
 そして何より、夏音には直感で分かっていた。
 これからノアと会うことで、手詰まりになっている小依とのことを先に進められるのではないかと自分が期待していることを。
 本当は小依と向き合って解決しなければならないと分かっていることから逃げて、友だちに救いを求めようとしている自分がいるということを。

「・・・ごめんね、よりちゃん・・・」

 自宅の前でぽつりとつぶやくと、夏音は後ろ髪を引かれながら、駅前へとその重たい足を向けたのだった。

05


カラン・・・  カラン・・・


「・・・あ、カノンちゃーん。こんばんはー☆」
「ノアちゃんこんばんはー。遅い時間にありがとう。よかったの?」

 先に到着してボックス席に通されていた夏音は、入り口側のソファに座り、ドアベルに耳を澄ましながらノアの到着を心待ちにしていた。
 店内に入るとノアは慣れた様子で店員に笑顔で「待ち合わせです」と伝え、夏音の元へと移動する。

「アタシこそ、暗くなってから呼び出しちゃってごめんネ?」
「ううん」

 夏音とテーブルを挟んで向かい合って座ると、ノアは店員さんにホットココアを注文する。
 冷たくなった手をすりあわせて温めながら「お外、寒いネ」とだけつぶやくと、それきり夏音を見つめて静かになった。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 夏音はその不安そうな亜麻色の瞳で、ノアのことを静かに見つめる。
 ノアの美しいブロンドの髪を、透き通るような天色の瞳を、寒さで少し赤らんでいる肌理の細かい真っ白な頬を。

「(やっぱり、ノアちゃんきれいだなぁ・・・。かわいいのももちろんだけど、とってもきれい。天使みたい・・・)」

 ノアの美しさに吸い込まれそうになった夏音。ふと窓の外に目を移すと、もう真っ暗になっていた。駅前ではあるが細い路地に入ったところにあるこのお店の前を行き交う人もまばらだった。

 お店の中もほとんどお客さんはいない。土曜日の夜というのもあり、駅前に出かけてくる人はみな外にいるのだろう。

「ありがとうございます☆」

 ホットココアが届いて、ノアは店員さんにお礼を伝える。
 カップを両手で包み、それで暖をとる。そのすらりとした指先はまるで雪の女王様のようだと夏音は思った。

「手袋してくるの忘れちゃってネ。えへへ・・・」

 よく見ると手袋だけでなく、いつものお気に入りの赤いカチューシャも着けていない。シュシュのみでいつものおさかなポニテが形作られていた。
 オフホワイトのトレンチコートの下は、見た目に気を使うノアにしては地味な部屋着のような服装だった。
 そこまで急いで来たのかと、申し訳なく思うと同時に、夏音はここでの目的を思い直して背筋を伸ばした。

「・・・やっぱり、さすがカノンちゃんだよネ」
「えっ・・・?」
「アタシが呼び出した理由、もう分かっちゃってるでしょー」
「あ・・・。うん。だいたい、そうなのかなー・・・っていうのは、ね」

 ノアはカップに口を付けるでもなく、両手で包み込んでいるだけだった。ホットココアの水面を見つめて考えをまとめているように見える。
 一方の夏音は緊張からか先に届いていた紅茶を既に飲み干してしまっていて、グラスのお水を少しだけ口に含んだ。

「アタシ、カノンちゃんの言ってたことをあれからずっと考えていたの。でもやっぱりもうちょっと聞かないと分からないなーって思って」
「そうだったんだ・・・。ごめんね、私たちの問題なのに」
「ううん。アタシこそ首をつっこんじゃってごめんネ。それで早速なんだけど、いい?」
「うん」

 ノアはホットココアに注いでいた視線を、夏音へと向ける。
 夏音もノアのことをまっすぐに見つめ直す。

「カノンちゃん。この間のコヨリちゃんとの会話のことなんだけど」
「うん」
「カノンちゃんがコヨリちゃんに「いつかは聖母になりたい」って言ったとき、コヨリちゃんは怒ってた? 悲しんでた?」
「それがね、どっちでもなかったんだ。落ち込んじゃった・・・というか、元気がなくなっちゃったのかな? って感じだったの」
「うんうん」
「そういえば・・・。気分を変えようとしてお誕生日のこと出した時、『かのは、早く大人になりたい?』ってよりちゃん言ってて」
「オトナ、かぁ・・・」
「いろいろな経験をして大人になりたいって答えたら、よりちゃんもっと落ち込んじゃって・・・」

 ノアはその理知的な天色の瞳を閉じる。その時の二人の様子を頭の中で思い浮かべているように見える。そして、先日の会話内容と今聞いた小依の様子から、何かに気がついたようにぱっと顔を上げた。

「・・・! あー・・・。ソウイウコト、かなー?」
「・・・ノアちゃん?」
「アタシ、なんとなく分かっちゃったかも。コヨリちゃんの気持ちが」
「えっ そうなの? ノアちゃん、よりちゃんはあの時・・・」


すっ・・・


 夏音が身を乗り出すと、ノアは立ち上がってしまう。
 不安そうな夏音に笑顔で応えると、テーブルの反対側──つまり夏音の隣──にノアは移動する。優雅にソファに座り夏音にぴったり寄り添う形で舞い降りたノアは、真横に座る夏音の澄み切った亜麻色の瞳を見つめる。

 天使のカウンセリングが今、始まろうとしていた────。

06

「・・・カノンちゃんは、この先どうするの?」
「この、さき・・・? え・・・?」
「アタシたち、そろそろ小学校卒業して中学生になるでしょ? そのあと三年もしたらすぐ高校生だし、あっという間に大学生になって、ミャーさんみたいにオトナになっちゃうと思うんだー」
「う、うん・・・。そうかもしれない、けど・・・?」
「その時、カノンちゃんはコヨリちゃんとどうなっていたいの?」
「よりちゃんと・・・」


 店内のBGMが切り替わり、夜の七時を過ぎたことを告げる。
 普段なら小依とお夕飯を食べ終わり、洗い物も済ませ、一緒にお風呂に入っている時間帯だった。
 問われた夏音は小依のことを頭一杯に思い浮かべ、自分の素直な心をゆっくりと解きほぐしていった。

「よりちゃんと、は・・・。おさななじみだし、おうちもお隣だし、いつも一緒にいるから、これからもずっとなんとなくそれが続いていくんだろうなぁって、思ってて・・・」
「うん」
「中学校はみんな同じところに進むから、とりあえず今と同じように過ごせたらいいなぁ・・・って」

 それを聞いたノアは目を閉じる。
 夏音もノアが次に発するであろう言葉に備え、深呼吸をする。
 ノアの表情は子どものそれでもなく、さりとて大人のそれでもなく。とても複雑なものだった。
 そして固い決意をまとい、その聡明な天色の瞳が開かれた。

「・・・カノンちゃんはアタシの大切なお友だちだから、言うね」
「うん・・・」
「カノンちゃんは将来、コヨリちゃんとハンリョになる覚悟、あるの?」
「はんりょになるかくご・・・ それって・・・」
「まだまだ遠い先の話だと思ってるよね? うんうん。アタシもそうだったからすっごくよく分かるんだ。でもネ」

 ノアは再び目を閉じる。「あの時」のことが目の前に再現されたかのように辛そうな表情で。
 あの時────。夏祭りでひなたを泣かせてしまった時のことを。
 あの時もほんのちょっとしたニュアンスの違いから誤解が起きており、二人にとって決定的な破局を招きかねない事態にまで発展したのだった。
 今回の夏音と小依のことも、あの時と似たようなことが起きているとノアは考えている。

 「大人になるためにいろいろな経験をする」ということ。
 「聖母と呼ばれるようになる」ということ。

 その両方で、夏音と小依の捉え方が大きく異なっているのではないかと。
 また、それを受けて小依が何をしようとしているのかまで、ノアは大方の察しがついていた。

 ノアはその上で、自分たちのような辛い思いをしてほしくないという一心でアドバイスをしているのだった。

「もし、将来コヨリちゃんとハンリョになりたいって思ってるなら」
「・・・思ってる、なら・・・?」
「どんなに小さなすれ違いや思い違いも、ひとつずつ確実になくしていかないといけないの。ちゃんと話し合って、お互いがきちんと納得するまで」
「ちゃんと話し合って・・・納得するまで・・・」
「そうしないと、ネ・・・これから先のこと、ぜんぶなくしちゃうんだって。分かったんだ、アタシ」
「楽しいことばっかりじゃない。イヤなことも、投げ出したくなることも、辛いことも絶対あるけど」
「そういうのひっくるめた「コヨリちゃんとの関係」が終わっちゃうの。ぜんぶぜんぶ、なくなっちゃうんだよ・・・?」

 するりと、ノアの目尻から想いの結晶がこぼれ、頬を伝う。
 見かねて、夏音はハンカチをノアの頬にそっと当てた。

「・・・ありがと、カノンちゃん・・・」
「ノアちゃん、ごめんね? ありがとう。私、よりちゃんとしっかり話し合ってみるね」
「うんうん。今、コヨリちゃんがどうして沈み込んでるのか、カノンちゃんは分からないでしょ? そのまま放っておいたらダメってこと」
「そうだよね。そんなことも分からないままじゃ、私・・・」
「不安でしょ? なくしたくないでしょ? コヨリちゃんのこと」
「うん」
「それなら、即行動だよー! 今すぐコヨリちゃんのとこ行って、不安を解消しよう!」
「ノアちゃん・・・。うん、そうだね。そうするね、ありがとう」

 がばっと、夏音には似つかわしくない勢いで席を立つと、紅茶のお代をお財布から取り出そうとしてもたついてしまう。
 ノアはそれを制止し、「そのまま行って」とウィンクで送りだす。
 夏音は意味を察してノアに一礼すると、たたっ と走ってお店を後にしたのだった。

幕間

 冷め切ってしまったココアの前で────。
 夏音を見送ったノアは、そのままソファから立ち上がれずにいた。
 夏音の前では気を張っていたが、ひとりになったことで感情を抑えきれずハンカチを目に当てて泣いていた。
 自分の経験がベースにある教訓を夏音へ伝えたことで、さまざまなことが頭の中に浮かんでは過ぎ去っていった。

・・・──夏祭りのときのひなたの涙。その絶望の表情──・・・
・・・──普段のひなたのかっこよく愛おしい様子──・・・
・・・──ひなたがノアではなく常にみやこを選ぶことのやるせなさ──・・・
・・・──先ほどの夏音へのかわいくない、押しつけがましい言い方──・・・

 いろいろなことが頭に浮かび、悔恨・愛情・無力感・自己嫌悪が抑えられなくなっていた。

「うっ・・・ うぅ  ふっう・・・ アタシ、なんで・・・ もっと・・・!」


ふわっ


 その時────。
 傷ついたノアの元に、一人の天使が舞い降りた。

「・・・へっ」
「ノア・・・」
「ハ、ハナ、ちゃん・・・? どうして・・・」
「ノアのお母さんから心当たりないかと電話もらって。夏音と会ってるなら、きっとここだろうなって思って来てみたの」
「・・・・・・あっ!」
「大丈夫」



ぎゅっ・・・


「ひなたは一緒じゃないよ。泣いてるとこ、見られたくないでしょ?」
「ハナ・・・ちゃ・・・ うああぁあぁん・・・」

 花はソファに膝をついてノアを抱き締める。
 しがみついて声を上げて泣きながら、ノアは思うところを吐き出した。

「・・・アタシ、カノンちゃんはもう、とっくに・・・ぐすっ 覚悟しているって、分かってたの」
「うん」
「でも、コヨリちゃんとの関係に、目を向けてもらいたくて『ハンリョになる覚悟あるの?』なんて・・・キツイ言い方、しちゃった・・・」
「うん」
「カノンちゃん、ごめん・・・。コヨリちゃんと幸せになってほしくて、アタシ・・・」

 ひげろーシャツは涙に濡れてしっとりしているが、花は気にせず両腕でノアの頭を抱き込む。

「ノア」
「うん・・・」
「がんばったね」
「うぅ・・・」

 ノアが落ち着くまで、二人はそのまましばらくの間無言で互いの想いを溶かしあわせていた。

「ぐすっ・・・ ハナちゃん、ありがと。もう、ダイジョウブ・・・」
「そっか。ちょっと顔見せて」
「うん?」

 ノアは言われたとおり花に顔を向ける。花はノアの顔をじっと見つめると、取り出したハンカチで無造作に拭い始めた。

「ぷあっ ちょっ なにハナちゃ・・・」
「涙と鼻水残ってるから。見られたくないでしょ?」
「見られたく・・・?」

 あらかた拭い終わり、ノアの前髪をさっと整えると、花はスマホをピッと操作した。すると────。


ギッ  カラカラーン  ドバーンッ


「のあーーーーーっ! むかえにきたぞー!」
「ひ、ヒナタちゃん!? どうして、ここに?」

 そう。それはひなただった。
 ひなたは勢いよくお店のドアを開け放つと、ノアに向かってダッシュする。
 ノアの元に駆け寄ると、机の上の冷め切ったココアを勢いよく飲み干し、ノアの手を取り、花も連れてお店の入り口へと向かう。

「ぷはーっ! よし。のあ、はな、帰るぞー! あ、店員さん! これふたりの飲み物のお代、はいどうぞ。騒がしくしてごめんな? おいしかったぞーまたのあとデートでくるからなー!」
「わわ わっ わーっ!」
「・・・お騒がせしました・・・」

 ひなたの勢いに圧倒され固まっていた店員さんだったが、頭を下げる花たちを笑顔で見送ってくれた。
 ひなたに引きずられるようにしてノアはお店を出る。ひなたがお店に突入してからここまで時間にして三十秒。
 ホワイトリリィの変身より短い時間で王子様に変身したひなたは、そのままの勢いで傘を開き、ノアの腰を引き寄せた。



ぽんっ


「濡れないようにくっついて歩いてくれな」
「あ・・・。雨・・・」
「結構前から降っていたんだぞ。のあのおかーさんから傘に入れてあげてほしいって電話があって、むかえにきたんだ」
「ママ・・・」

 ひなたにノアの傘を持たせなかったのはうっかりか、それとも。
 いろいろな想いがあふれそうになったノアは、ひなたの腕にしがみつき、指先まで絡める。
 そして、心配そうな表情で濡れた地面を見つめる。

「カノンちゃん・・・」
「ノア。かのんたちなら大丈夫だよ。二人を信じようよ」
「う、うん・・・」

 二月の夜の、冷たい雨の中。
 三人の天使はそれぞれ夏音と小依のことを想い、祈った。
 どうか二人が仲直りできますように、と────。


07

「ひまね・・・ かのもいないし退屈だわ」
「でも、かのは・・・。・・・・・・」

 先週かかってしまった風邪はすっかり治り、元気を取り戻していた小依。
 しかし、自室のベッドで布団にくるまり、浮かない顔でゴロゴロとしていた。
 今日は母が不在の為、夜は夏音がいつものように来てくれると内心楽しみにしていた。だがそれではダメだと考えを改め、早々にベッドに潜り込んでいた。
 手元のスマホの画面にはいつものくせで「かの」と書かれた発信画面が映っているが、そのボタンを押すことも、画面を消すこともできずにいた。
 そのとき────。


ドッ   バァーンッ


 ノックもなく、荒々しい音とともに自室のドアが開かれた。
 泥棒かと身をすくませた小依だったが、入り口に立っていたのは他の誰でもなく、夏音だった。

「よ、より・・・っ ちゃん・・・っ!」
「か、かの!? どうしたのよ、こんな時間に」

 ベッドで半身を起こして驚愕している小依の元に、夏音がずんずんと近寄りベッドに腰掛ける。
 夏音の息が荒い。雨に濡れたのか全身びしょびしょになっている。
 濡れているのは上着だけではなかった。自分の上着を乱暴にはぎ取り床に投げ捨てた夏音は、シャツや下着まで素肌に張り付いており、透けて見えていた。
 目の前の夏音からは雨の匂いだけでなく、いつもの夏音の甘い香りも漂ってくる。
 普段見せない夏音の野性的な様子に、小依はどぎまぎするばかりだった。

「はぁ・・・ はぁ・・・っ」
「・・・かの。ちょっと待ってなさい。タオル持ってきてあげるから」
「待って」



きゅうっ・・・


 ベッドから降りようとする小依の袖を、夏音が掴んで引き留める。
 小依も尋常ならざる夏音の様子に、諦めてベッドの上に戻る。

「・・・よりちゃん。濡れてて気持ち悪いかもしれないけど、どうしても、今、確認したいことがあるんだ」
「・・・分かったわ」

 小依はそれだけ応えると、静かになった。それは夏音に会話の主導権を委ねるときの、二人の決まり事だった。
 呼吸が整ってきた夏音は小依の紅梅色の大きな瞳を見つめる。
 小依も夏音の亜麻色の瞳をのぞき込む。

「・・・よりちゃん。このごろ、私のこと避けてるでしょ」
「そんなつもりはなかったけど、かのと距離を置いたほうがいいと思ってたのは確かよ」
「その話をしたいんだ。いい?」
「いいわよ。私もはっきりさせたいと思ってたから」

 夏音もベッドの上にあがり、二人は正座して正面から向かい合う。
 小依の誕生日イヴの夜。静かに火蓋が切って落とされる────。

「・・・私は、よりちゃんに避けられているように感じていて、このごろとってもさびしかったんだ」
「そう」
「でも、よりちゃんがそうしているのには理由があるんだよね? それをぜんぶ聞かせて。よりちゃんの言葉で教えてほしいの」
「かのの為に、そうするしかないって思ったからよ」
「え・・・?」

 小依は目を逸らさず、夏音のことを見つめ続ける。

 夏音も今だけは負けじと、見つめ返す。

「・・・あの日、あの時、かのが言ったんじゃない。『お母さんの包容力は魅力的だから、いつかはお母さんになりたい』って」
「っ・・・・・・!」

 夏音は口をきゅっと結んで言いたいことをぐっと押さえ込む。
 小依がどう思っているのか、すべて話してもらうまで口は挟まないと決意した。

「『聖母』って言葉の意味も調べてみたら『人格者で尊敬される母親』って書いてあったわ」
「・・・・・・」
「お母さんになりたいってことは、子どもほしいってことでしょ? 男の人と結婚したいってことでしょ?」
「・・・・・・」
「うちのママとパパみたいに。かのもどこかで知らない男の人と出会って、恋をして、将来を誓い合って、結婚をして」
「・・・・・・」
「それで、保健体育でやってたようなことして、子ども作るんでしょ? そうしないと『お母さん』にはなれないんだから。そのくらい私だって分かるわよ」
「・・・・・・」
「だから・・・っ! だから、そのためには、かのがやりたいことするためには、私が邪魔になるじゃない!」
「・・・・・・」
「私なりに考えて、かのと距離を置こうとしたの。中学生になって、高校生になって、そしてその先も・・・。少しずつ距離を置いていけば、かのを傷つけずに『ただの友だち』になっていけるって。そう思ったからっ・・・!」

 小依は感情が高ぶり、顔を真っ赤にして泣きそうになっているが、すんでの所で留まっている。
 悲しげな顔で黙って聞いていた夏音だったが、小依が言い尽くしたと判断すると、ついに口を開いた。

「・・・よりちゃん。それでぜんぶ?」

「・・・そうよ。かのも辛いかもしれないけど、これはかのの為だし、私だってずっと」
「教えてくれてありがとう、よりちゃん。それと、誤解させちゃってごめんね。私はそういう意味で言ったんじゃなかったんだ」
「誤解って? それ、どういう」
「私の話、聞いてもらえる?」
「・・・いいわよ」
「ありがとう」

 夏音はベッドの上で、小依に近づく。小依に這い寄るように、ゆっくりと。
 小依はまくらのほうにいるのでそれ以上距離を取れないが、夏音に気圧されてしまい、まくらに乗り上げるようにして後ずさる。
 背中に固いベッドボードの感触を感じながら、夏音からの謎の威圧感に耐えている。

「・・・私ね、あのとき『おかぁさんの包容力は魅力的だから、いつかはそういう人になりたい』って言ったんだ」
「そうよね」
「でもそれは『おかぁさんになりたい』んじゃなくて、『おかぁさんみたいな包容力のある人になりたい』って意味だったの」
「・・・・・・え?」
「だからね、子どもがほしい、子どもを産みたいって意味じゃなかったの。人生経験を積んで、今よりもっといろんな人にやさしくできるようになりたいって。そういう意味だったんだ」


「・・・・・・」
「私が誤解だって言った意味、分かってくれた?」

 小依は呆然としながら夏音の話を聞いていたが、今回のことが自分の思い込み、早とちりだったことが分かると、夏音から目をそらしてうつむいてしまう。

「そ・・・、そう・・・。そうだったの、ね」
「そうだよー」
「じゃあ、えっと・・・今まで通りで、いいのね?」
「いいんだよー」
「よかった・・・ほっとしたわ。それじゃ元通りってことで」

 小依は心底ほっとして、張りつめていた表情が少しだけゆるむ。
 笑顔を夏音に向けようとして────小依は凍り付いた。
 目の前の夏音は今まで小依に見せたことのないような表情を────怒りの表情を────していたから。

08

「か、かの・・・? これで元通りなんだからいいじゃない。なんで怒ってるの、よ・・・」
「よりちゃん。いつも大人になりたいって言ってるよね」
「そ、そうね。みんなから頼られる大人になりたい、けど・・・」
「大人なら、こういうときどうしたらいいのか、教えてあげるね」
「か・・・の・・・」

 口調は穏やかだが、有無を言わせないような凄みのある夏音。
 これまでおさななじみのこのような────獲物を狙う肉食動物のような────目を見たことがなかった小依は、その目が自分に向けられているだけでパニックになりかけていた。
 夏音に食べられてしまう────。そう小依が悟り、目をつぶったその瞬間。


ザッ  ぼふんっ


「申し訳ありませんでした」
「ひゃっ ・・・・・・へ?」

 小依の足下で夏音は両手を揃え、布団に顔がめり込むくらいに頭をすり付けていた。
 そう。それは身近な「大人」であるひなたの姉──星野みやこ──と初めて会った時、みやこが夏音たちにしていた「土下座」だった。

「かっ かの、な・・・なにして」
「今回のことは、私が小依さんから逃げずに、勇気を出して最初から話し合っていれば起きなかったことでした」
「かの・・・」

 夏音は先週からの自分の行動を振り返る。
 自分で言った通り、小依の反応がおかしいと思ったその時に、しっかり二人で話し合っていればこじれずに済んだことだった。

 それから数日経ち、「小依に避けられている」と感じたことで小依に声をかけることができず、「友だちに相談する」形で小依から逃げてしまった。
 どれもこれも、自分の過失から今の事態を招いてしまった。夏音はそう考え、小依に謝罪しているのだった。

「これからは、少しでもおかしいと感じたらすぐに話し合うようにします」
「反省して、次から同じことのないようにします。ですので、どうか私をお許しください」

 そこまで言い終わり、夏音は静かになった。
 しかし、顔は上げず頭を下げたままだった。

「・・・許すもなにも、今回のことは私も悪かったんだし、顔あげなさいよ。かの」
「はい・・・」

 やっと顔を上げた夏音。ふわふわの髪は雨にそぼ濡れてくったりしており、目に涙をいっぱいに溜めている。
 しかし、その表情は先ほどと同じ。怒りの表情のままだった。

「・・・それじゃ、次はよりちゃんの番だよ」
「へ・・・?」
「大人になりたいんでしょ? こういうときはしっかり謝らないとダメなの。私がやったみたいに。さ、よりちゃん」
「う・・・ その・・・」

 「小依さん」なんて、他人行儀で、夏音が夏音ではないような気がして動転してしまっていた小依。
 しかし「よりちゃん」呼びに戻ったことでほんの少しだけほっとして、小依なりに勇気を絞って口を開いた。

「・・・私も、悪かったわよ・・・」
「勝手に思い違いをして、かのを悲しませていることに気づいてなくて」
「だから、その。ごめん、なさい・・・」

 小依はまくらを抱きしめ、あごを乗せながら、ベッドにぺたんと座り込んでぽつりぽつりとつぶやく。
 夏音と目を合わせられず、夏音のそぼ濡れているスカートや、それによってぐっしょりしているベッドのシーツを見つめるのがやっとだった。
 小依は自分が謝罪したことで、夏音がどういう顔をしているのかを確認することもできず。
 つぶやいてからたっぷり一分間くらい、恐怖で固まったままだった。

09

「足りない」
「え・・・?」
「それじゃ足りないんだよ、よりちゃん」

 涙に濡れながら怒りの表情を崩さない夏音。
 キッと小依のことを見据えると、小依の両肩を掴む。そしてベッドボードから小依を引き剥がすようにして自分の方へ引っ張る。
 夏音の吐息が額にかかるくらいの距離。今にも頭からまるかじりされてしまうのではないかと、再び小依は戦慄する。

「・・・よりちゃんは・・・。私が『聖母になりたい』って理由で、子どもを産みたいと思ってる。て考えているんだよね?」
「そ、そう言われると、そうかも? そう、ね・・・」
「もしよりちゃんが本当に、真剣に、そう思っているなら。それはすごく失礼なことなんだよ? それ分かってて言ってるの?」
「しつれい、って・・・」
「私がそういう人だって思ってるってことでしょ? それなら私に対してすごく失礼だし、子どもに対してもすごく失礼なことだよ」
「・・・なんでよ。ちゃんと説明して」

 夏音は小依の両膝を自分の両方の太ももで挟み込むようにして、目一杯小依に接近して座り込む。
 目を逸らそうとしている小依。その両頬を両手で固定して目線を捉え、自分の瞳を見つめさせてから伝えた。

「子どもは、親が理想の姿になるための道具じゃない」
「どうぐ・・・だなんて思ってない・・・けど・・・」
「聖母になりたいから、子どもを産む? そんなの一番ダメ。聖母どころか人の親として許されないよ。よりちゃんは私がそういう人間だって思ってるんだよね?」
「私、そういう意味で言ったんじゃ・・・」
「じゃあ、どういう意味なの? ・・・それにね、まだあるんだ」
「な、なに・・・よ・・・」

「よりちゃんは私が誰かと結婚をして、愛し合って子どもを作りたいって感じたんだよね? よりちゃんはそれでいいの?」
「それでいいの、って・・・?」
「よりちゃんにとって、私ってなに? どういう存在なの? ただの空気みたいな幼なじみってだけ?」
「そんな、そんなこと・・・!」


ぱっ・・・


 夏音は小依から手を離して距離を置いた。
 小依は近すぎる距離感から解放されてほっとしつつも、夏音に見放されたように感じて胸が壊れそうなくらいぎゅうっと痛んだ。
 それは、強く掴まれて痛む肩や頬のことなど忘れるくらい、心がバラバラになりそうな衝撃だった。

「・・・私が言いたいこと、怒りたいこと、分かるよね? もう一度よく考えてみて」

 夏音はベッドの一番端で正座したまま小依を見つめている。先ほどのような怒りの表情ではないが、これ以上ないくらいに真剣な表情だった。

「(・・・変なこと言ったら、またかのを怒らせちゃう。勢いじゃなくて、ちゃんと考えてからしゃべらないと・・・)」
「(確かに言われたとおりかも。かのが結婚をしたいと思うくらいの人との子どもなんだし、間違っても『自分が聖母になるため』の子どもじゃないわよね・・・)」
「(それに・・・。私にとってかのがどういう存在かなんて、考えるまでもないわよ・・・!)」

 目を閉じて考えをまとめていた小依。
 まとまったのか、その紅蓮の瞳を開き、夏音を見据える。
 そして、先ほどの夏音とまったく同じ行動に出たのだった。

10


ぼふっ・・・


「夏音さん。ごめんなさい」
「よりちゃん・・・」
「そこまで深く考えないで、『夏音さんがそうしたいんだから』って決めつけて、一人で動いてました」
「うん・・・」
「夏音さんの言うとおり、ひとこと夏音さんに確認すれば済んだことなのに、なんとなく聞きづらくてそうしてしまいました」
「私の思い込みと勝手な考えで、夏音さんのことを何重にも傷つけたこと、お詫びします。申し訳ございませんでした」

 布団に頭をすり付けて、小依は夏音に謝る。それは「夏音がやっていたから」ではなく、心の底から「夏音を失いたくない」という想いからの行動だった。
 夏音もそんな小依の様子を見つめ、頬に伝うしずくもそのままに静かに耳を澄ませている。

「・・・それから、私にとって夏音さんがどういう存在か、ということについて・・・なんだけど」
「うん」
「このままじゃうまく伝えられないから、戻していい? かの」
「・・・そうだね。いいよー」

 ゆっくり頭を上げる小依。同時に、ボタボタとベッドに大粒の涙が落ちる音が響く。
 はっとして、夏音は小依のガーネットのような澄んだ瞳を見つめる。
 小依は涙をぽろぽろこぼしながら夏音のことを見つめ、ベッドの端にいる夏音の所まで何度か転びながら移動し、自分の方へと力強く引き寄せた。
 そして────。

「・・・まい・・・かのん・・・!」


「え・・・?」
「かのは私のなんだから・・・! 絶対、ほかの誰にも渡したくないんだから・・・ぁっ!」
「よ、より・・・」
「ぐしゅっ この十二年間、誰よりも! かののお母さんよりも! 私の方がかのと一緒にいる時間長いって、それが自慢なの!」
「かのは本当はとっても芯が強くて、なんでもやればできちゃってすごいけど、前に強く出られないから私がかのの前に出て引っ張っていくんだって」
「それができることも私の自慢なの! こんなにすごいかのの前に出て、引っ張っていけるなんて、それだけでリーダーになった気分だから」
「でも、でも! かのは聖母に、人の親になりたいって! 私じゃどう頑張ってもそれはできないから、どうにかなっちゃうくらい悲しいけど諦めるしかないって思ったの!!
「より、ちゃ・・・」

 呆気にとられる夏音を小依は抱きしめる。
 それはいつもの「おててをつなぐ」といった心温まるスキンシップではなく、小依の確かな愛情を感じる熱っぽい抱擁だった。

「・・・私、かのが好き。大好き。愛してる。かのが気持ち悪いって思うくらい、きっとそのくらい好き」
「・・・!・・・」


「でも、私がそれを言ったら、かのは私に流されちゃって、本当にしたいことできなくなっちゃうでしょ? だから・・・」
「だから、私はかのの為に、かのとのこの先のすべてを諦めて、身を引こうって、思ったの!!!

 そこまでが限界だった。小依は声を上げて、夏音に抱きつきながら泣き崩れた。
 それは小さい子どものようでもあり、今生の別れに身を裂かれる恋人のようでもあった。

「でも、そのことで、かの、泣かせて、怒らせて・・・」
「ごめん。ごめんなさい・・・うわぁあぁぁぁん・・・」
「よりちゃん・・・っ!」

 夜のしじまのなかで。
 抱き合う二人のすすり泣く声だけが聞こえる、その部屋には。
 部屋に収まりきらないほどの想いが、愛が、翼を広げるように満ちあふれていったのだった。

11

「・・・落ち着いた?」
「う・・・ん。ぐすっ」

 小依を胸に抱き、やさしく背中をさすっていた夏音。
 呼吸が落ち着いてきたことを感じて、少しだけ小依と距離を取ろうとする。
 しかし、小依が夏音のことを掴んで離そうとしなかった。

「・・・本当はこんなこと言いたくなかった。いごこちのいい関係が終わっちゃうから」
「よりちゃん・・・。ううん。違うんだよ。これでいいの。これで、よかったんだよ」
「かの・・・?」
「壁を壊して、お互いのこころをすりあわせてひとつにしないと、『この先』はやってこないんだから」
「かの・・・」
「こんなことくらいで・・・ちゃんと話せば分かりあえるようなこんなことですれ違っていたら、私たち、これから先どっちみちダメになっちゃうんだから」
「だから、これでよかったの。そう考えよう? ね?」
「かのぉ・・・」

 先ほどから涙腺がゆるんだままの小依。いつものほっとする夏音に戻ってくれて、それだけで涙を抑えきれずにいた。

「それから・・・。よりちゃん、ありがとう」
「・・・?」
「さっき、好きだって言ってくれて。嬉しかったぁ・・・」
「好きに決まってるじゃない。でも、そうね。今回のことでよく分かったわ」
「よりちゃん?」
「かのとなら言わなくても通じあえる、なんて思ってた。言わなくても分かってくれてるって。でも、それはうぬぼれだったのよ」
「・・・そうだね・・・」
「一番身近にいる人だからこそ、ちゃんと言葉にして伝えないと取り返しのつかないことになるんだって。思い知ったわ・・・」

「私もだよー」

 夏音は小依の頭をやさしくなでる。それはまるで、子猫の背中をなでているような、慈愛に満ちた仕草だった。
 満ち足りた顔で、かすかに頬に紅さす夏音。ふと瞳を閉じる。

「・・・よりちゃんだけじゃずるいよね。うん」
「なにがよ?」
「さっきよりちゃんと気持ちをぶつけ合ってたときにね、こう思ったんだ。『よりちゃんを失うくらいなら、聖母になんてなれなくていい』って」
「・・・どういうことなの?」
「聖母って、『すぐれた人格者で尊敬される女性の称号』でもあるんだ。もちろん今でもなれることならみんなに慕われる女性になりたいなぁっていうのはあるんだけど・・・」
「・・・だけど?」
「称号とか、そういう存在への憧れとか・・・ね。そういうのぜんぶ諦めても、かなぐり捨てても、よりちゃんだけは失いたくないって思ったの」
「そう・・・。それって、どういうこと?」
「んもー、よりちゃんはもー・・・。こほん。よりちゃんが私を想うのと同じように、私もよりちゃんのこと想ってるし、大好きだし、愛してる・・・ってこと」
「・・・! かのっ!」
「きゃっ よりちゃ ちょっと・・・」

 大好きな想いを抑えきれない小依は、思わず夏音を押し倒してしまう。
 しかし、夏音は流し目で小依を見つめると、ぴっと人差し指で小依のくちびるを封じる。

「・・・シャワーを浴びるまで、おあずけだよ?」
「じゃあ、一緒にお風呂入りましょ! かの、ずぶ濡れの犬みたいで気になってたのよ。洗ってあげるわ!」
「もー、よりちゃんはもー! ムードが台無しだよー・・・」
「なによ。私たちらしくていいじゃない」
「・・・それもそうだねー。じゃあ、一緒に入ろっかー。なんだか、ほっとしたら急に寒くなってきちゃった・・・」
「風邪ひかないうちにあったまりましょ!」

 小依はベッドから飛び降りると、夏音にうやうやしく左手を差し伸べる。
 寒さで震えながら夏音がその手を掴むと、小依はお風呂場まで意気揚々とエスコートしていく。
 時折、前を行く小依が転ばないように夏音が支えるその様子は、一見いつも通りの二人のよう。
 しかし、頬を朱に染めつつお相手のことを想いやるその雰囲気は、まるで恋人同士のようで。
 それまでの「おさななじみ」という関係性から脱却したかのような、清々しくもたおやかな二人の姿がそこにあった。

12


──いつも いつまでも あなたのそばにいさせてね──


「んん? あ、着うた?」
「あ、そうだよー。おかぁさんに、今日はよりちゃんのとこにお泊まりするってメールしたら、お返事がきたんだー」
「かののやさしくてあったかい声にうっとりしちゃったわ。急にだけど、お泊まりして大丈夫だったの?」
「あ、ありがとう・・・。うんうんー。いつもこういう日って、だいたいどっちかのおうちにお泊まりになるでしょ?」
「それもそうね! ・・・それで、お母さんはなんて?」
「夏音のことよろしくお願いします。って。あとはー・・・」

『夏音へ。小依ちゃんのお誕生日ね。素敵な一日になるようお祈りしています。』

「おかぁさん・・・。ふふ」
「かの?」

 お風呂からあがり、しっかり温まった二人。
 ぐっしょり濡れてしまったベッドシーツは二人で協力して新しいものに交換し、濡れてしまったものは洗濯機へと運び終わり。

「なんだか、おねしょしたみたい」
「よ、よりちゃーん・・・。おかぁさんに絶対それ言っちゃダメだからね?」
「さすがに言えないから安心しなさい! 飲み物ひっくり返したって言っておくわ」
「それなら・・・でも六年生でそれはちょっと・・・でもよりちゃんなら納得してもらえるかなぁ・・・でもそれはそれでどうなんだろう・・・うーん」
「かの?」

 二人してひとつのベッドに横たわり、夏音の左手と小依の右手をしっかり繋いだ状態で天井を見上げている。
 既に日が変わっており、時刻は二十四時半頃を指していた。

「よりちゃん。お誕生日、おめでとう」
「かの、ありがとう・・・。ううん、いつもありがとう」
「えへへ・・・。よりちゃんもありがとー」

 すっかり元の二人に戻り、共にこころが満たされ、ほころんでいく。
 まどろみがやさしく包み込んで、夏音はひとつあくびをする。
 しかし、一方の小依はお風呂に入ることで覚醒してしまったようで、目が冴えてしまっていた。

「・・・よりちゃんの、おたんじょうび。なにかぷれぜんと、しないと・・・」
「私、かのがいいわ」
「ふぇ・・・? わたし?」
「かののこと、もっと知りたい。知ってるようでなんにも知らなかったから」
「そっかぁ・・・うん。そうだったねー」
「かのの左の足のつけねにホクロがあるのは知ってるけど、他にもあるか探したいし」
「・・・え? そういう体のことなの?」
「かのは寝てていいわよ。眠いでしょ? ちょっとすみずみまで見させてもらうわね」
「え や、ちょっと。よりちゃ・・・! ひゃうっ」

 小依は夏音のパジャマのボタンを外そうとするが、それを夏音が慌てて止める。

「・・・誕生日プレゼント、これがよかったのに・・・」
「もー、よりちゃんはほんとにもー! おさななじみだからって、していいことといけないことはあるんだよ?」
「おさななじみだから、じゃないわよ」
「ふぇっ・・・?」
「恋人として、よ!」
「こ、こいびと・・・!」
「だ、だってそうでしょ? 私たち両想いなんだから、もう恋人同士、でしょ?」
「そ、そっかぁ・・・。そういえば、そうなのかも」

 夏音は小依に外されたパジャマのボタンをはめようとしていたが、「恋人同士」という小依の言葉を聞いて顔を真っ赤にし、その手が止まる。

 改めて小依のことを見つめると、意外なことに小依も髪の色と同じくらい真っ赤な顔をしていた。

「よ、よりちゃんは・・・。そういうこと、知りたい、の・・・?」
「か、かのだから、よ。もっと、ぜんぶ、知りたい、わ・・・」
「そっ・・・かぁ・・・」

 夏音はしばし考えていたが、やがて目を閉じて小依と向き直った。
 そして部屋の照明を一番暗いところまで落とし、小依の手を両手で取る。
 その手を、自分のパジャマのボタンに触れさせて────手を離した。

「十二歳かぁ・・・。大人の入り口だね、よりちゃん」
「そ、そうね・・・。子どもだけど、大人でもあるわね」
「うん・・・。よりちゃん、お誕生日おめでとう。これからもずっとよろしくね」
「ありがとう、かの。ずっとずっと、一緒にいてちょうだい」


おまけ。

2月21日 月曜日 朝の通学路


チュンチュン   チチチ・・・


「かのーん、こよりー! おはよう!」
「ひなたちゃん、ノアちゃん。おはよー」
「おはよう!」
「おはよー☆ ふんふん。その様子だとうまくいったみたいだネ☆」
「おかげさまでー ノアちゃん、相談に乗ってくれて本当にありがとう」
「お友だちだもん。当然のことだよー」
「かのんとこより、おはよう」
「花ちゃんもおはよー。みんな、心配させちゃってごめんね」
「二人ともいい顔してるね。ほっとしたよ」
「そういえば、こより! 誕生日おめでとうなー!」
「ふふーん。ありがと! 私が十二歳の小依お姉さんよ!」
「十二歳になってないの、かのんとはなだけだけどなー」
「それで、その。かのんのこと大丈夫だったの?」
「心配かけちゃったわね。でももう大丈夫よ!」
「よかった・・・」
「お誕生日の日に、かのとちゃんと仲直りしたんだから。でも、それなりに大変だったわよ」
「そうなんだ。どんな風に仲直りしたの?」
「あれだな! 河原でなぐりあったんだな!」
「んんー、それの元ネタってなんなんだろうネ?」
「そんなことしないわよ! でも、ベッドのシーツはびちゃびちゃになっちゃったわ」
「・・・えっ?」
「・・・? シーツにシロップでもこぼしたの?」
「なんかはなみたいだなー」
「私はそんなもったいないことしないよ。こぼすくらいなら飲んじゃう」

「それに、めずらしくかのはなんか野獣みたいだったし」
「んん・・・?」
「おー、野生のひつじか? 野生のハンガーか!」
「野生のハンガーってなに? でも、かのんがそんな風になるのめずらしいね」
「そうでしょ? かのからいろんなものがポタポタしたたってたし」
「カノンちゃんから、いろんなものが・・・」
「あー、かのん傘持ってきてなかったのかな」
「ま、でも私にかかればかのくらいどうってことないわ! かのに食べられちゃいそうになったけど、結果丸く収まったんだから!」
「おおー、さすがこよりだなー」
「・・・まとめると、いろんなものがしたたってる野獣のようなかのんに、こよりが食べられそうになったけど大丈夫だった。でもシーツはびしょびしょになった・・・ってことでいい?」
「だいだい合ってるわね!」
「???」
「?????」





「ね、ねぇカノンちゃん。コヨリちゃんの言ってることって、もしかして・・・」
「うぅ・・・ どれも間違ってないから、止められなかったけど・・・。でもノアちゃんの考えてるようなこととは違うんだよー・・・?」
「どれも間違ってないのにチガウって、いったいどんなシチュエーションだったの・・・」
「顔から火が出ちゃいそう・・・。恥ずかしくて私からは言えないよぅ・・・」
「ふふーん! じゃあ、私から教えてあげるわ! かののパジャマのボタンをね、こう、ひとつずつ外していってー」
「よりちゃーーーーーーーーーーーーーん!!!



おしまい♪


















■ ヴァラカスサーバのわたてん!イルミネーションアート(エピローグでの登校シーン) ■


ヴァラカスサーバ在住のまいちゃんさんは、生粋のイルミネーションアーティストです。
毎回公演会のシチュエーションに応じたイルミネーションアートをヴァラカスサーバにて作ってくださっています。
本記事最初にURLはご案内しておりますので、イルミネーション製作過程の記事につきましてはそちらをご覧ください。







ヴァラカスサーバにて、今回の主な出演者の方々が観賞することができたようです。
早朝の登校時間帯のシーンということで、明るい時間帯に撮影をしてくださいました。

まいちゃんさんがこの登校シーンをお選びになったのは、3月上旬の白咲花さんのお誕生日も近いこともありそのお祝いもしたいという思いからとのこと。
また、本作を象徴するシーンとすれば確かにお二人のベッドシーンではあるのですが、こちらの登校風景により「いつものほっとするわたてんが戻ってきた」と実感できました。
小依さん夏音さんも一層睦まじくなり、心配していた花さんひなたさん乃愛さんも安堵することのできたシーンですので、まさしく大団円に相応しいと思います。
こちらのシーンを作品のモチーフに選ばれたまいちゃんさん。その審美眼に今回も敬服いたします。

作者のまいちゃんさんに、しっかり天使たちに見ていただけたことをご報告すべくこちらに掲載させていただきました。

素敵な作品、ありがとうございました。









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