DOSANの妻、という人。番外編 そして、残されたものは。
昨年(2010年)は「DOSANの妻、という人。」の製作が始まってから丸4年となり、5年目が始まった年でした。
改めて原点回帰する必要があると思いましたので、この番外編では「物語の前提」をおさらいする意味を込めて
「すべての人から「母」の記憶が喪われている」
という点にフォーカスしました。舞台も始まりの地、話せる島と歌う滝です。
それでは今年の(公開は昨年ですが)母の日の番外編をお楽しみください。
■ あとがき ■
この物語を紡ぐ者 DOSAN
DOSANです。
「抱擁は最高の愛情表現」と思っております。娘に対して自然とスキンシップが多くなってしまうのは、娘が愛しいので仕方ないことなのですが…
「片親である」ということから愛情が不足する事態を避ける為に積極的にしているという面もあります。
(いつも娘にペタペタしていることの言い訳に聞こえるかもしれませんね(苦笑))
今回の物語は、要約しますと
「母の痕跡を探し彷徨う娘が漸く辿り着いた「母の残したもの」…それは娘の存在そのものだった」
ということになります。
この事実が私には重く、半ば躁鬱病のような状態になりながら製作しておりました。一部の方には事前にそのことをお伝えしていた為、ご心配をおかけしたことをお詫び申し上げます。
ただ、よくよく思い返してみますと、毎回物語を製作する際には程度の差こそあれ同じような状況に自分を追い込んでいるなぁと気付きました。これは私の物語の作り方が特殊なことに関係していると思います。
いつも「彼ら登場人物」が自由に動き出すレベルにまで精神を高め、その「彼ら」の挙動を言葉として書き留める形で脚本・シナリオを作っております。その精神状態に持っていくまでが大変なのですが、一度その状態に入りますと後は書き留めるだけですので気楽なものなのです。
時折、「第四の壁」を越えるような発言を「彼ら」がするのですが、今回はそれが私の罪悪感にクリーンヒットした為に少し辛かったかな…ということでして。
ともあれ、無事に完成してお披露目できたことにほっとしております。
精神的に打たれ弱い私ですが、今後ともお付き合いいただけますようお願いいたします。