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彼女は心配していました。


父は今度のコンテストに出展する4コママンガについて悩んでいます。

うんうんと唸っている彼を、心配そうに見つめる彼女。
そう。彼女は彼の娘。十歳くらいにしか見えませんが、彼女はこれでも十四歳なのです。


彼女は心配していました。
物語のことになるといつも無理してしまう父。
また体を壊してしまうのではないかと、気が気でありません。


でも彼女は、父親が頑張っている理由を知っています。
それは自分に母親のことを伝えるため。
何か理由があって、今は一緒にいられない母親。
母親がどのような人なのかを自分に伝えるために。
そのために、父はいつも無理してしまうのです。


──お父さん。いつも──


彼女は父親に伝えたい言葉がありました。
でも、いつも一緒にいる父親です。
やはり恥ずかしくて面と向かっては伝えられないその言葉。

幸いなことに、今日は父の日です。
そういう記念日には、いつもできないことができてしまうものなのです。
彼女はよい意味で雰囲気に飲まれながら父の背中に近づくと、意を決して言いました。


「いつもありがとぉ。おとーさんっ」

父親は不意に声をかけられたことに驚きました。
しかし、さすがは父親です。動揺を表に出さず、振り返ることなく言葉を返しました。


「娘… お前こそ、いつもありがとう。私はこんなに頼りない父親なのに、お前が──」


彼の言葉はそれ以上続きませんでした。
何故なら、娘がぎゅっと抱きついてきたからです。


「──今日は…今日だけは、それ以上言っちゃダメ──」


彼女は気づいていました。
父が母のことで、罪悪感を抱えながら生きてきたことに。

父の日の今日だけは、それを忘れてもらおう。
自分にはお母さんの代わりはできないけれど。
この思い、伝わるといいな──


「…ありがとう、娘。お前は私の、私達の自慢の娘だよ──」


父のその言葉は震えていました。
それを聞いた彼女も、何故か涙が溢れてしまうのです。


「…いつか、いっしょにお母さんと会おうね。ぱぱぁ…」



──それはどこにでもいる普通の親子の、父の日の光景──





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