ひらひら。ぽかぽか。ふわふわ。

 紋白蝶が自由に飛んでいくのを、小さな少女は暖かなひだまりに座り込んでぽんやりと見つめていました。
 それはよく晴れた3月上旬のこと。寒暖を繰り返すこの時期は気候だけでなく人の気持ちも浮き沈みさせます。
 頭の両側にバッテン…もとい、ドーナツ状のリングをつけたその少女も、そんな春の陽気にあてられたのか気持ちがふわりふわりと浮き沈みしているようでした。


「娘さんって、どういうのが好みなんだろう…」


 少女はそう呟くと、ひとつ小さなため息をつきました。つい先月、娘からのバレンタインチョコを受け取った彼女でしたが、どうやらそのお返しで悩んでしまっているようです。
 座り込んだまましばらく小首を傾げて思案していましたが、ひらひらと舞う紋白蝶が気になって集中できないご様子。コロンと横になると、紋白蝶越しに青い空をぽやっと眺めはじめました。しばらくして紋白蝶がどこかに行ってしまうと、視界には真っ青な空だけが残りました。
 少女はまた軽くため息をつくと、ぽんぽんと砂をはらいながら立ち上がりました。


「悩んでてもわからないや。ミキさんに聞こうっと」


 小さな少女──ゆのさん──は、こうしてミキさんの元へ向かったのでした。



   DOSANの妻、という人。ホワイトデー番外編
   一途な想いの、その先に。











「…で、娘ちゃんの好きそうなもので悩んじゃってる、と」

「はい。どんなのがいいんだろうと思いまして」


 そこは冒険者たちで賑わう商業都市ギラン。ちょうどザケン討伐から戻ってきたミキさんと合流したゆのさんは、悩み事をストレートに聞くことにしたようです。


「うーん。そうだねぇ… 娘ちゃんならなんでもよろこぶと思うけど」

「そうなんですよぉ… だから迷っちゃうんですよね」

「まぁ、そうよね」


 ミキさんはミスリル・リンクを代表するヒーラーというだけでなく、気さくで面倒見がよいことから隊員の相談役になることが多い人です。娘のこともよく理解しており、今回のゆのさんのような相談にはもってこいの人なのです。姉御肌でツンデレなところもありますが…。


「おでんとか寄せ鍋はどうかな…」

「鍋ーっ?」

「さ、寒いからいいかなって」

「ホワイトデーで鍋物が出てくるゆのっち、ステキだわw」

「そんなぁ、照れちゃいますよぉx|v|x」

 確かに娘なら何でも喜ぶとは思いますが…。さすがゆのさん、家庭的ですね。そこに痺れて憧れてしまいます。


「ミキさんはどうするんですか?」

「へ? あたしは娘ちゃんからはもらってないわよ?」

「いえ、ミコさんからお誘いとか、あるのかなって…」

「あ、あー。そういや手紙が来てて20時にいつもの場所とか書いてあったような気がしないでもない…ような…///」

「(いつもの場所… 竹林?)」


 いつもの場所…どこなのでしょうね。気になりますが、ミキさんも今夜は頑張ってほしいところですね。ツンデレなミキさんには難しいことですが、素直になればそれでいいのですよ。しかし、ミコさんも随分と素直になってきたようで、いい傾向だと思います。
 顔を真っ赤にして挙動不審なミキさんは、何とか平常心を保とうと呼吸を整えています。


「や、その。あめ玉とかもらっておしまい、だと思うけどねーw」

「あ、あのっ 逢い引き頑張ってください!」

「あああ逢い引きとかそそそんなんじゃないわよっ?」


 逢い引きとは「男女が人目を忍んで会うこと」ですので、あながち間違ってはいません。
 完全に茹で蛸のようになってしまったミキさんを前に、悩みが晴れたのかゆのさんは微笑んでいました。











「ありがとうございましたっ それじゃちょっとお店見てきます」

「それなら、一緒にウィンドウショッピングしましょ。あたしも手ぶらじゃあれだしさ」


 ご自分にリボンをつければいいプレゼントになるのにな。そう思ったゆのさんでしたが、やっぱりショッピングは賑やかなほうが楽しいので一緒に見て回ることにしたようです。


「支配者の権能、5Gかぁ… ちょっと足らないなぁ」

「…ちょ、待って。今「ちょっと」って言った?」

「アースワームリングは30G… PTメンバー全員にも効果があるのっていいですよねー」

「んー、どれも高嶺の花すぎて現実感ないわw」


 何かと楽しげなお二人は、遠目からは親子のようにも見えて微笑ましいですね。
 賑やかなギランにはいろいろな情報が飛び交います。PT募集であったり、手持ちの装備品を安く売りますという主旨のものなど。また、今流行のメンター募集なども聞こえてきます。
 様々なシャウトを聞き流しながら、ミキさんはヘアピンなどのアクセサリを見て回り、ゆのさんはおネギやお豆腐など鍋料理の材料を見て回っていきました。


「あら、ゆのっちそれは何?」

「えと 土鍋を製作するのに必要な工芸用の土です」

「…まさか土鍋から作るとは…恐れ入ったわ」

「レベル1の製作図で作れるんですよぉ。あとレンゲとかも」

「へぇ。初耳だわ…」


 私も初耳です。世の中には多種多様な製作図があるものですね。


「ちなみに、土鍋は武器と防具の破片を両方使うんですよぉ」

「…どうして?」

「頭にかぶればヘルム、腕に装備で盾にもなって、振り回せば鈍器にもなるすぐれものなので」

「………」


 ──土鍋を頭にかぶり、更に左右の手にも土鍋を装備。そんなゆのさんを想像して、ミキさんは何ともほっこりとした気持ちになったのでした。
 こうしてホワイトデーの明るい時間帯は、ギランの喧噪と共にまったりと過ぎてゆきました。











 日がかなり西に傾き、すべてが黄昏色に染まろうかという頃。
 それぞれ目的のものを手に入れたミキさんとゆのさんは、ギランの片隅でとある二人組を見かけました。


「あら… まどっちたちね」

「そうですねぇ… なんだかいい雰囲気かも」


 ギランといえばこのお二人。鹿目まどかさんと暁美ほむらさんは、いつもの往来とは異なり人目の少ないアクセサリー屋の路地裏にいました。


「まどか… これ、受け取ってもらえる?」

「ほむらちゃん…」

「バレンタインの時のお礼よ。あれは嬉しかったわ…」

「うぇひひ よかった。私も嬉しいよ。ありがとう」


 お二人は仲睦まじく、手と手を絡め合いながらお話ししています。とても微笑ましい光景ですね。


「去年は死ぬかと思ったけれど…」

「><」

 睦言のような、そうでもないような。でも確実に甘やかな響きを持つ会話が繰り広げられています。


「愛しているわ、まどか…」

「私も好きだよ。ほむらちゃん…」


 どちらからともなく近づいて、お二人の影が溶け合ってひとつになりました。
 遠くからでも分かるそれを目撃した高校2年生と26歳の女性は、改めて物陰に隠れ直すと思わずため息を漏らしました。


「…ふぅ。最近の中学生は進んでるわね…」

「…はぁ。いいなぁ…」


 自分より若い、中学2年生の子たちが素直に想いを伝えあい互いに愛し合っている。素直になれないミキさんと、まだお相手のいないゆのさんにとって、それは衝撃的なシーンでした。
 お互いに気の抜けた顔を見合わせると、自分たちも頑張らなければという思いが湧いてきました。


「よーし。あたしも負けられないわ」

「腕によりをかけて娘さんによろこんでもらおうっと!」

「お互いがんばりましょうね、ゆのっち!」

「はい!」


 ──その夜。ミキさんとゆのさんは、それぞれのお相手と共に甘くて楽しい時間を過ごせたのでした。めでたしめでたし。


   DOSANの妻、という人。ホワイトデー番外編
   一途な想いの、その先に。  完

















おまけその1

「はい、次は大根いきますよ娘さん」

「むきゅむきゅ… わたしひとりで食べられるよぉ?」

「そう言わずに、どうぞどうぞ!」

「ふみゅあぁ… あー…ん」 ぱくっ

「ど、どうですか? 娘さんっ」

「うんうん。おだしがしみてて、すごくおいしいよぉ^^」

「よかったぁ… 次はつみれです。はい、あーん」

「あうあう…」














おまけその2

「ミキ… これを」

「あら、随分とかわいいお菓子じゃないさ」

「飴の塊から短剣一丁で削りだしたキャンディーだ」

「光刃…」

「べ、別にお前だけの為に作った訳じゃないからな。勘違いs」

「ありがとう、光刃」

「……ん……」





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