それはホワイトデーが間近に迫る、3月11日のことでした。新しく生まれ変わったぐれんさんとミコさんが、なにやら河原でお話をしているようです。
「風の噂で聞いたけどさ。ミキちゃんを押し倒すなんて、やるじゃんミコちゃん!」
「……いや、それが」
「いいって。恥ずかしがることないって。男ならそのくらいドーンと行かなきゃ!」
「違うんだ。真相は真逆でな」
「……へ?」
「俺が押し倒されたんだ。ミキに……」
DOSANの妻、という人。ホワイトデー番外編
ホワイトデーの、舞台裏。
01
なんとも寂しげな横顔でそう告げるミコさん。それを見て瞬時に憐れみの表情を浮かべるぐれんさんでしたが、すぐにいつもの凛々しいお顔になってミコさんの肩に手を置きました。
「……そ、それもさ。男の夢だよ。うん」
「いいんだ。無理するな」
「あはは……」
フォローのしようのない微妙な空気が生まれます。毎度すっきりとした解決は難しいものですが、それでもこのお二人が沈黙してしまうととても空気が重たく感じてしまうのです。
それを肌で感じ取ったのでしょうか。珍しくミコさんのほうから会話を再開させました。
「……で。俺はそれに対してお返しをしないといけないんだよな。3倍返しだったか」
「うん。よくそう言われるけどね」
「……どう返したらいいんだ俺は……」
「そのまま3倍にしたら? 張り倒して起こして、張り倒して起こして、そして張り倒して起こす!」
「なるほど」
ミコさんは具体的な解決策が見つかったことで、少しだけお顔が明るくなりました。しかし、すぐにその様子を想像して首をフルフルと動かしました。
「……いや、それはないな……」
「ないよね……。自分で言ってて思った」
「……ぐれんのほうはどうするんだ? 今年も空騎士からもらったんだろうが」
「あー、こっちはその。ミクちゃんが超ストレートだったから……。こっちも天元突破で!」
「惚気か」
シュッシュッと空を切るぐれんさんの拳を眺めながら、ミコさんも少しだけ羨望の眼差しになります。今年もぐれ×ミクはクールながらもお熱いようで何よりです。
「ミコちゃんさ、悩んでるなら恋の先輩に聞いたらいいんじゃない?」
「どこにそんな先輩が」
「よし。善は急げだ今から行こう!」
「おい、ぐれん引っ張るな。分かった、行くから離せ。袖が伸びるだろうが」
こうしてぐれんさんに引っ張られる形で、ミコさんは「恋の先輩」に会いに行くことになったのでした。
02
「じゃー、ミコちゃんのことよろしく頼みます! 俺はこのあたりで~」
「おい待て。俺だけ置いていくつもりk」
ミコさんが言い終わる前に、フッと消えてしまうぐれんさん。祝帰還かログアウトか分かりませんが、相変わらず神出鬼没なご様子です。
「いらっしゃい。何もないけどゆっくりしてってくださいな」
「ミコさん、いらっしゃいませ。パパのコーヒーすごくおいしいんですよ!」
そこは鹿目家の邸宅でした。ミスリル・リンクにおいて「まどかコンツェルン(鹿目財閥)」の名を轟かせる資産家の鹿目家は、ギラン近郊に一軒家を構えているのでした。
直線を基調とした清潔感あふれる家屋を物珍しそうに眺め回しながら、将来的にはこういう家に住みたいものだとしみじみ思うミコさん。きっととあるヒューマンメイジ女性との生活を思い浮かべているのでしょうね。
「それで、恋の悩みだって?」
「……まぁ、そういうことにしておいてやるかな」
「相変わらず素直じゃないね。でもそんなとこがどうしようもなくかわいいんだろうねぇ。彼女にとってはさ」
「ミコかわですね!」
「フン」
恋の先輩。それはまどかさんのお母様である、鹿目詢子さんでした。居間の来客用ソファーにミコさんが座り、その向かいに詢子さんが座っています。二人の間に入る形でまどかさんも同席されていました。
「ねーちゃ、ねーちゃー」
「はいはい。たっくんはこっちで遊んでてねー」
「…………」
鹿目タツヤさんはまだ三歳児ですが、雄々しく大きな体躯をしています。そんなタツヤさんを連れて遊具のあるスペースまで案内するまどかさんは、すっかりお姉さんのお顔になっていました。
03
まどかさんが元の位置に戻ると、話が再開しました。どうやら詢子さんは娘にリアルな恋愛について学ばせようと思っているようです。私も似たようなことを娘にしていますので、お気持ちはとてもよく分かります。
「この間の番外編を読む限りじゃ、何も悩むことないと思うけど?」
「……読んだのか……」
「それはもう。ミケさんが号外として大量に配って回ってましたから。ギランの街中で」
「あの賢者め、またいらんことを……」
さすがはミサさん、もといミケさん。身内の喜ばしいことは大勢に知って欲しいと思うのは自然なことですよね。問題はご本人が喜ばしいと感じていないことですが……。
「ミコちゃんはさ。ミキちゃんのことどう思ってるんだい?」
「どうと言われてもな……。一言では言い表せんな。その、腐れ縁というか……」
「好き? 愛してる? どっち?」
「……俺は……」
「……はい。コーヒーお待たせ」
「パパありがとう」
「…………」
幅の狭い選択肢につっこむ余裕もなく、ミコさんは悩んでしまいます。
そこに鹿目家当主であるまどかさんのお父様──鹿目知久さん──がコーヒーを持って登場しました。その香りにより、張りつめていた場の雰囲気が少しだけ緩んだように感じられました。
「……うん。やっぱりパパのコーヒーおいしい」
「ありがとう、まどか」
「……俺は……。ミキのことは……」
「そうかい。恋人で、妻のようなものだ、と。なるほどね」
「待て。俺は何も……」
ミコさんは否定しますが、にこにこと朗らかな笑みを浮かべる親子を前に、それ以上強く否定することもできませんでした。気づこうとしていないだけで、本心では自分もそう思っているのかもしれない。ミコさんは立ち上がりかけた腰を落ち着けて、そういう方向性で考えてみることにしたのでした。
04
「あ そういえばほむらちゃんがね。ホワイトデーにホテル予約してくれたみたいなの」
「ホテル……だと……!」
「えと アデンのホテルみたいです」
「…………」
14歳の分際で……。とミコさんは感じたようですが、よく考えるとドワーフ族は10歳で成人を迎えることになっている為、それほど驚くことでもないのかもしれません。
「へぇ。行ってきたらいいさ。ちゃんと勝負下着にするんだよ」
「うん。ほむらちゃん、どんなのなら喜んでくれるかな……」
「……おい知久。お前は容認するのかこの流れ」
「はは……。うちは女系なので、ママがいいと言えばそれで」
「女系か……。今のままではうちもミキが君臨しそうな気はするな……」
いつのことになるのか分からない、将来のことを想像してミコさんは遠い目になります。その様子に鹿目家の三人は顔を見合わせて、そして更にニコニコとするのでした。
「……なんだ。どうかしたのか」
「えと ミコさん結局、悩んでるようにみえて悩んでなかったんだなぁって」
「いや、今もどうすればいいのか分かってないぞ」
「まったく……。これじゃあ確かに進展しないわけだわ」
「……どういう意味だ?」
「はは……。将来を見据えてがんばってくださいね!」
05
その後は同じ冒険者でありミスリル隊員であるみなさんで話が弾みました。日が暮れてそのままお夕飯も……とお誘いされたミコさんでしたが、さすがに家族団欒に水をさす訳にはいかないと思ったのか何杯目になるか分からないコーヒーを飲み干すとソファーから立ち上がりました。
「邪魔したな。そろそろ引き上げるよ」
「また来てくださいな」
「ああ。久しぶりに狩り以外で隊員と交流できて、俺も楽しかったよ。またな」
まどかさんの先導で玄関先まで移動し、お別れの挨拶をするお二人。お互いに想い人がいるお二人は、それぞれ迷いのない瞳で励ましあうのでした。
「……ほむらとうまくやるんだぞ。あいつはああ見えて誰よりも繊細だからな」
「はい。ほむらちゃんのことなら何でも任せてください!」
「フ……。釈迦に説法だったな」
「ミキさんも楽しみにしていると思いますよ。ホワイトデーはがんばってくださいね!」
「ああ。お互いにな」
外に出ると、閑静な住宅街である為耳が痛くなるような静寂がミコさんを襲います。ひゅうと強い横風が吹き、ミコさんはそこはかとない寂静感を感じました。
「こんなとき、隣に誰かいてくれたらな…」
ふと独り言を呟いてしまい、誰にも聞かれてはいませんでしたが少し気まずくなるミコさん。
しかし、すぐに目を細めると、懐から便箋と羽ペン──郵便セット──を取り出しました。
──ミキへ。3月14日の19時に俺の家まで来られたし──
──その際、やわらかいローブを着てくるように。光刃より──
それだけ書くと封をして、ミキさんのことを思い浮かべながら便箋に魔力を籠めます。すぐに光の翼がはためいてお目当ての人物へと便箋が飛び去っていきました。
「……さて。部屋の掃除でもしておくか。あとはしふぉんに飲み尽くされたドレビアンワインを仕入れんと……」
「月刊エアロカーディナルもベッドの下に放り込んでおくか。誤解の元だしな。あとドワッ娘フィギュアも賢者に預けておくか」
「肴は……チーズだけだとミキが満足しないかもしれんな。何か腹の足しになるものと、甘いものも用意しておくか」
住宅街から繁華街までの道すがら、光刃さんはこれからすべきことを呟きながら歩みを進めました。そのお顔はまんざらでもないようで、大切な人と過ごすひとときを光刃さんなりに演出しようと想像しているご様子でした。
しかし、そんな自分に気づいた光刃さんは、先ほどまでとは打って変わって険しいお顔になると、ひとつ咳払いをしてから何か言い訳でもするかのように少し大きな声で言いました。
「……まったく。ホワイトデーなど面倒なだけだな。フン」
そんな憎まれ口とは裏腹に、さっぱりとした笑顔を浮かべるミコさん。いつもより軽やかな足取りで、商業都市ギランの喧噪の中へ飛び込んでいったのでした。
DOSANの妻、という人。ホワイトデー番外編
ホワイトデーの、舞台裏。 完
おまけ。
「ねぇ、ほむほむ……。あたし、3月14日が命日になるかも……」
「いきなり何の話なの? あとその呼び方何とかならないのかしら」
「やー、あいつからメール来たんだけど……。なんかこれ果たし状みたいなのよ」
「穏やかじゃないわね……。どう書いてあるのかしら」
ほむほむ──暁美ほむらさん──は、共にティータイムをしていたミキさんから手紙を受け取りました。するとその文面から何かを察したのか、ミキさんに手紙を返しながら微笑みかけました。
「……あなたも年貢の納め時ね。バレンタインの時のお返しをしっかり受けてくることね。フフ……」
「そんな……やわらかいローブって、つまり防御力低いローブ着てこいってことよね……。背後からブラッドステップされて終了する未来しか見えない……」
「……あなたも相当に天然よね」
「へ? 何か言った?」
「いえ、別に。……まぁ、いきなり張り倒したのだから、その報いくらいは覚悟しておくことね」
「ほむほむ……。骨は拾ってね……」
「骨が残ればね…… フフ(きっと骨抜きにされてしまうのだろうけれど)」
「う~~~~~…… 憂鬱だわ……」
ちゃんちゃん♪
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