「熾天使になるために」
「…………ありがとう、ミャーさん…………」
それは、天使の脱殻。
───────────────────────── ── ── ── 熾天使になるために ── ── ── ───────────────────────── 01 9月も過ぎて、今は10月。やっと残暑もなくなって過ごしやすくなってきたかなーって感じられるようになってきた今日この頃。アタシはなんとかヒナタちゃんと一緒に寝る機会を増やそうとがんばっていた。 あ、あのね、その︙︙。ヘンな意味じゃなくってね? 純粋に、お昼寝の時だったり、夜に寝る時だったり、そういう時のお話ね。 「ノアー。そろそろ寝るぞー」 「あ、うん。じゃあ、おやすみなさーい☆」 いつもこんな風に、アタシの方がドキドキしながらヒナタちゃんのベッドにもぐりこむの。 これはミャーさん公認で、ヒナタちゃんのママ──チヅルさん──も、アタシのママも公認のこと。だから、もっと堂々としていたいんだけど︙︙。 「ん︙︙。ノア︙︙」 「な、なに? ヒナタちゃん」 「︙︙せかいいち かわいい ぞ︙︙ すぅ︙︙ すぅ︙︙」 「────────っ!」 ヒナタちゃん、ただ単に寝言を言ってるだけなのに。アタシはそれでもドキドキしちゃって、全然眠れなくなっちゃうの。 「────ヒナタちゃん。ありがとう。寝言でも、アタシうれしい︙︙」 「んん︙︙。みゃーねぇ︙︙ だいすきだぞ︙︙」 「︙︙︙︙」 |
うん。知ってる。アタシ、知ってるんだ。
ヒナタちゃんの一番は、いつだってミャーさんだってこと。そのくらい、アタシは知ってるし、分かってるもん。 今は誰よりも、世界で一番アタシがヒナタちゃんに近い場所にいる。それなのに、ヒナタちゃんにとっての「世界で一番」は、いつだってアタシじゃない。 そう、ヒナタちゃんとベッドの中でふたりきりのときでも。 ねぇ、誰か、誰でもいい。今のこのアタシの気持ち、誰か分かって︙︙。 「︙︙ヒナタちゃん︙︙。アタシ、ヒナタちゃんのことが、世界で一番好き」 「︙︙すぅ︙︙ ︙︙すぅ︙︙」 「︙︙こういう気持ちってね、好きよりももっと強くて︙︙。「愛してる」って︙︙言うんだって」 「ヒナタちゃん。アタシ、ヒナタちゃんのこと︙︙愛してるんだよ?」 ぐっすり眠っているヒナタちゃん。アタシ︙︙なんてオクビョウなんだろう。寝ている時にしか言えないなんて。本当は、ヒナタちゃんのパッチリとした瞳を見つめながら伝えたい言葉なのに。ヒナタちゃんがぐっすり眠っていることを確認してからじゃないと言えないなんて。 こんなアタシだから、いつまでたってもミャーさんに勝てないんだ。 くすん︙︙。 ガッ! 「ぐっ︙︙!?」 ヒナタちゃんの隣で涙を浮かべていたら、いきなりヒナタちゃんがアタシの首の後ろに手をまわして、思いっきり抱き締めてくれた。 そう。それはまさに抱き締めるというか、「抱いて」「締める」という感じで────。 そこでアタシの意識は途絶えちゃったの。きゅう︙︙。 |
02
「────ア、ノアーーっ!」 「︙︙ん、んん︙︙」 「どうした! 誰にやられたんだ!」 世界一カワイイ声がアタシのことを呼んでいる。 世界一あったかい手のひらがアタシのことをゆさぶって。 世界一シアワセな朝を迎えて。 でも、体が動かせない。目の前にいるヒナタちゃんを、この手で抱きよせておはようのあいさつをしたいのに。首と、背中と、左腕の感覚がなんだかオカシイ。 いたたたた︙︙。 「みゃー姉! ノアが、ノアがーーー!」 たたたっとカワイイ足音を残して、ミャーさんのことを呼ぶヒナタちゃんは部屋を出て行っちゃった。 あーあ。もうちょっとヒナタちゃんとふたりきりでいたかったなぁ。 「︙︙なーに? どうしたの? ひなた」 「ノアがボロボロなんだ! なんでこんなことになってるんだ!?」 「なんでって︙︙」 あはは︙︙ミャーさんも聞かれても困るよネ。寝相が悪いのはどうしようもないことだし。 ミャーさんに心配かけないように、がんばって起き上がろうとするんだけど︙︙。やっぱりもうちょっと無理みたい。 「︙︙ノアちゃん︙︙」 「ん︙︙。ミャー、さん。おはよー︙︙」 「おはよ。また手ひどくやられたね︙︙」 「えへへ︙︙。朝から騒がしくて、ごめんネ」 「ノアちゃん︙︙」 |
ミャーさんはいつもとは違って、まゆが下がった顔をしながら、アタシの頭をなでてくれる。
あ︙︙。なんだか、こうしてると普通のお姉さんみたい。ミャーさんのこと、お姉さんだって思ったことあんまりないから不思議。 「みゃー姉! 私もなでてー!」 「はいはい。ひなたは先に下で朝ごはん食べてきなー」 「おう! ︙︙みゃー姉たちはどうするんだ?」 「ノアちゃんのこと、診てからいくよ」 「うん︙︙。みゃー姉、ノアのこと頼んだぞ!」 ヒナタちゃんは弱ってるアタシのことを心配そうに一目見て、部屋を出て行っちゃった。アタシも動かせる右手だけで手をヒラヒラさせてお見送りする。 残ったのはアタシとミャーさんだけ。なんだか、こういうシチュエーションってあんまりないから新鮮かも。 「ノアちゃん。ひなたがいつもごめんね。ノアちゃんの気持ちは分かるけど、できれば同じ部屋でも床に寝たりすると安全だよ?」 「うん︙︙。ミャーさんありがと。それは分かってるんだけどネ」 ミャーさんには前回お泊まりした時、ハナちゃんと一緒にヒナタちゃんの攻略法っていうか、安全に一緒に寝る方法を聞いたことがあったんだ。でもやっぱり、ミャーさんも我慢するしかないって言ってたし、ヒナタちゃんが大人しく寝るのは具合悪いときだけってことが分かったの。無理やり風邪引かせたり、風邪引いてる時の添い寝は、アタリマエだけどゼッタイダメって言われちゃってるし。そうなるとアタシも我慢して耐えるしかないってことなんだよネ。 「そうだね︙︙。私もいろいろ調べてて、寝相が悪いときって寝具︙︙布団とかね? が暑すぎるのが原因の場合もあるみたいなんだけど」 「そうなの?」 「うん。でもね、ただでさえじっとしていられないひなたの布団を夏掛けみたいな薄いものにしちゃうと、風邪引かせちゃうかもしれないから︙︙」 「そうだよねぇ︙︙」 |
やっぱり、ミャーさんも思いつく限りのことは調べて、考えて、実践しようとしてるみたい。それでも三日に一度が限界ってミャーさんはよく言ってて。アタシもそんなミャーさんの気持ちがすごくよく分かるようになったんだ。
アタシと同じ「こっち側」に、ミャーさんもいてくれる。これってすごく心強いことだよね。戦友、みたいな。 でも、でもね。違うの。 ミャーさんはヒナタちゃんにせがまれて仕方なく一緒に寝ているだけでしょ? アタシはヒナタちゃんと一緒に寝たいの。そこは確実に違うところ。ミャーさんにべったりのヒナタちゃんを振り向かせたいアタシとしては、そこはハッキリさせておきたいポイントだったりする。 なんだか、オカシイよね。ミャーさんと同じ苦労を知って仲間意識が強くなったのに、ライバルだと思ってるなんて。こんなアタシだから、ヒナタちゃんからもカワイク見えなくて、そしてそのうち、ヒナタちゃんも離れていっちゃうのかな。 そんなのイヤ︙︙。でも、ミャーさんには負けたくないって気持ちは本当で。 アタシ、アタシ︙︙! 「︙︙ミャーさん」 「ん? なーに? ノアちゃん」 「今夜、もう一度だけヒナタちゃんと、一緒に寝させてほしいの」 「無理はダメだよ。せめて1日は間を空けないと、ノアちゃんが体壊しちゃうから」 「今夜やってみて、ダメだったら︙︙。ちょっと間空けるから。お願い、ミャーさん︙︙!」 「ノアちゃん︙︙。何か秘策でもあるの?」 「そ、それは︙︙」 そんなのあるなら最初に使ってるもん。でも、ハッタリでもなんでも、ミャーさんの許可をもらわないとママたちも説得できない。 ガンバレ、アタシ! 「︙︙ふっふーん。実はやってみたいことがひとつあるんだー」 「へぇ。どんなこと?」 |
「それはキギョーヒミツだから言えないよー」
「企業って︙︙。うーん。ノアちゃんの体力が心配だけど︙︙。ダメなら全力で振りほどいて床に逃げるんだよ? 約束だよ?」 「ありがと、ミャーさん!」 よかったぁ。これでとりあえずは今夜もヒナタちゃんと一緒に寝るチャンスはもらえたってことだよね。あとは、どうやってヒナタちゃんを大人しくさせるか。これホント難しいなぁ。 ようやく起き上がれるくらいまで回復したアタシは、ミャーさんにお礼のウィンクをすると、簡単に身だしなみを整えてミャーさんと一緒にリビングへと降りていく。 階段を降りるとき、まだ完全じゃなくてフラフラしているアタシの手をね、ミャーさん握りながら一緒に降りてくれたんだ。んもー、ミャーさんライバルなのに、普通にやさしいお姉さんなんだもんなぁ︙︙。困っちゃうけど、でも、ありがと! |
03
チヅルさんと、アタシのママにはミャーさんからお話をしてくれて、無事にもう一泊させてもらえることに。ミャーさんのおかげだネ! というか、ママたちはアタシが考えていたほど気にしてなかったみたい。気合いを入れて説得しようとしてたミャーさんがびっくりするくらい、誰にも反対されることなくもう一泊できることになっちゃった。 「そのままうちの子になるかい?」「一週間くらいならいいですよノアちゃん。カワイイ子には旅をさせろ、です」なんて。ママたち軽すぎてアタシのほうがシンパイしちゃう。あとでお着替えは取りに戻るから、ママにはその時にアタシからちゃんと話そうっと。 「ノア」 「んー? なぁに? ヒナタちゃん」 ミャーさんと一緒においしい朝ごはんをいただいて、今はヒナタちゃんのお部屋でふたりきり。 今日これからの行動を考えていた時、ヒナタちゃんのカワイイ声がアタシの耳をくすぐってきた。いつ聞いても、アタシを呼ぶヒナタちゃんの声はきれいでカワイクてしびれるなぁ。ほわぁ~ってなっちゃう。 「前にもこんなことあっただろ? あの時はずっと公園で遊んでたけど」 「あー、そうだったねぇ」 「今日はいいのか? 二日連続で泊まるときの儀式だったら、付き合うぞ!」 「ギシキって︙︙。あー、うん。今日はダイジョウブだよー」 「そうなのか。んんー、じゃああの時はなんだったんだ?」 「あはは︙︙」 なんにも知らないヒナタちゃんは、そのかわいらしいクリクリした瞳のまま首をかしげている。うん。やっぱり世界一カワイイよヒナタちゃん。こういうときに「好き」が溢れちゃいそうになるの。でも、今抱きついたりしたら「なにしてるんだ? ノア」なんて、ズバッと斬り捨てられちゃうからガマンガマン。 |
でも、ホント今夜はどうしよう。前にやってみた「ヒナタちゃんを限界まで疲れさせる作戦」はハナちゃんがいたからできたことだし、今日はアタシしかいないから無理。それに、疲れきってお昼寝しちゃったら前回のニノマイだもんね。
「ヒナタちゃん、今日は何して遊ぶ?」 「そうだなー。この間は私の好きなことで遊んだから、今日はノアが決めていいぞ!」 「ありがとー、ヒナタちゃん☆」 アタシはお外で遊ぶのも、お部屋の中で遊ぶのもどっちも好き。やっぱり、コドモは元気に遊んでるのが一番カワイイよね☆ 今日はお外がいい天気だから、またヒナタちゃんに連れられて公園とかで遊ぶことになるのかなーなんて考えてたところ。どうしようかなー。ヒナタちゃんとふたりきりで遊べるチャンス、あんまりないしなー。 あ それじゃあ︙︙。 「ねぇねぇ、ヒナタちゃん。アタシとファッションショーしない?」 「おおー! 楽しそうだな! みゃー姉も入れて3人でやるか!」 「ミャーさんかー。うーん︙︙」 ヒナタちゃんとふたりっきりで何かするなんてコト、ミャーさんのおうちにいたらできないことくらい、アタシも知ってる。 あ、でもミャーさん朝ごはんのときに「今日は忙しいから一緒には遊べない」って言ってたんだっけ。大学の宿題があるってことと、アタシたちのおやつ作るから忙しいんだって。あのときヒナタちゃんいなかったから、それをヒナタちゃんに伝えてみよう。うん。 「︙︙って言っていたから、ミャーさん忙しいと思うのアタシ」 「そうだったのか。みゃー姉本当に2年生になってたんだな。よし、じゃあ私たちだけでやってみるか!」 「おー!」 よーし。カワイイヒナタちゃんいーっぱい堪能するぞー☆ そうと決まれば、ヒナタちゃんに着てみてもらいたいお洋服がいっぱいあるから、おうちに戻って取ってこようっと。今夜のお着替えとかもついでに、ネ。 |
「じゃあ、ちょっと準備してくるから、待っててヒナタちゃん!」
「おう! ゆっくりでいいぞ。転ばないようにな!」 「そんなコヨリちゃんじゃないんだからー☆」 |
04
おうちに帰って、と言ってもすぐお隣だからお部屋を移動するような感覚だけどネ。アタシのお部屋に飛び込んで、クローゼットからヒナタちゃんに着てもらいたいお洋服を旅行カバンに入れこんでいく。やっぱり、思った通り結構な量があるなぁ。でも今日は丸一日ヒナタちゃんをヒトリジメできるんだから、このくらいあってもいいよネ☆ カバンをふたつにするか悩んだけど、がんばって厳選して、ひとつに入りきるだけの量に収めることができた。アタシはそのパンパンになった旅行カバンを肩にかけて階段を降りると、ママから声をかけられた。 「ノアちゃん。これを忘れていますよ?」 「あ、ホントだ。ママありがとー!」 さっき自分で取りに帰るって言っていたお着替えとかのお泊りセット。ママから手渡されて、結局カバンふたつになっちゃった。あはは︙︙。 「︙︙ノアちゃん。ちょっとだけお話いいですか?」 「うん。どうしたの?」 アタシは玄関にふたつのカバンを置いて、ママにうながされるままリビングの椅子にお座り。ママと向かい合って座る形に。ママはテーブルの上で手を組むと、シンミョーな顔になって固まっちゃった。まるで大事なことを言わないといけないんだけど、どう伝えたらいいか迷ってるみたいな。いつものママとは感じが違うから、アタシも黙ってママが話すのを待ってみる。 「︙︙ノアちゃん。ヒナタちゃんのおうちは楽しいですか?」 「そりゃー楽しいよ! ヒナタちゃんといられたらそれだけで楽しいんだー☆」 「そうなんですか? やっぱりヒナタちゃんはノアちゃんの王子様でしたね」 「も、もう。そういうのやめてよー。ハズカシクなっちゃうから!」 アタシはママから面と向かってそういうことを言われるとは思っていなかったから、顔を真っ赤にしてうつむいちゃう。 |
でも、ママは今までもアタシがヒナタちゃんのことでがんばろうとしたときに、こっそり応援したり手伝ってくれたりしていたから、アタシの気持ちはとっくに知られちゃってるんだと思う。
「そっ、それで、ママ。お話って?」 「ママはノアちゃんが寝不足なこと、気づいています。昨日の夜は遅くまでオタノシミでしたね?」 「う、ううん。そんなこと、なかったんだけど︙︙。結果的には、確かに寝不足にはなっちゃったの。ごめんなさい」 「oh︙︙。早めに横になったのに、上手に寝付けなかったということですか?」 「その、えっと、ちゃんと長く寝られたの。でも、疲れが取れなかったっていうか︙︙。うぅ」 ママを心配させたくなくて、ヒナタちゃんと夜一緒に寝るってことがどういうことかまではママには言ってなかったんだ。だって、添い寝した瞬間にハガイジメにされて、意識がなくなるなんてこと、口が裂けてもママには言えないもん。 「ヒ、ヒナタちゃんのそばで寝ると、キンチョーしちゃって眠りが浅いんだと思うの。ただそれだけだから心配しないでママ」 「︙︙ノアちゃん。ノアちゃんももう六年生です。ステキなレディになるために大事なことはもう教えたはずですよ?」 「う、うん。笑顔でいること、周りをよく見ること、それから︙︙。何があっても睡眠時間は確保すること」 「そうです。覚えていてくれてママはうれしいです」 ママは立ち上がってこっち側に回ると、すっかりしょげちゃったアタシを抱きしめてくれた。こうしてもらうの、なんだか久しぶりな気がする。 「ノアちゃん。これから修学旅行があったり、大勢のお友だちと数日過ごすことが増えてきます」 「うん」 「楽しいからといって、朝まで起きているなんてしちゃダメですよ? 目にクマができてしまったら、チョーカワユイノアちゃんが台無しです」 「うん︙︙」 |
「ですから、夜に寝られないときはお昼寝でもいいです。ちゃんと睡眠時間は確保するようにしましょう。いいですね?」
「ママ︙︙。うん、分かった。ありがとう」 久しぶりにママに抱きしめられて、懐かしいママのにおいがして、なにより昨日のことでもっと怒られるって思っていたのもあって。なんだかほっとしちゃって、うとうとしちゃう。 ママがいうとおり、たしかにアタシ、ねぶそくだった︙︙ から︙︙。 アタシはそのまま、ママの胸の中で眠りに落ちていった。 |
05
「────ちゃん。ノアちゃん。お昼の時間ですよ?」 「︙︙んん︙︙。ん︙︙? あれ、ママ︙︙?」 「一緒にお昼ごはん食べましょう。お顔洗ってきてくださいね?」 はっとして時計を見ると、もうお昼になっていた。 えっ? アタシ、3時間も寝ちゃってたの? タイヘン! ヒナタちゃんずっと待たせちゃってる! 「ああ、それから、チヅルにはお電話しておきましたよ? 安心してくださいね」 「そ、そうなんだ︙︙。ママ、ありがとう︙︙」 がばっとソファーから起き上がって玄関に走ろうとしたアタシに、ママが声をかけてくれる。よかったぁ。ママ、フォローありがとう! あ、ママの胸の中で眠っちゃったけど、ソファーまで移動させてくれたんだね。アタシがゆっくり眠れるようにっていう、ママの気持ちがうれしい。 アタシにかけてくれていた、フリルの付いたカワイイショールをきちんと畳んでソファーに置いてから、洗面台でお顔を洗う。鏡で顔を見てみると、今日もバッチリ。目のクマもなくていつも通りのカワイイアタシがそこにいる。 あれ? そういえばアタシ、今日起きてから鏡を見てなかったかもしれない。もしかしたら、目にクマがあるヒドイ顔をヒナタちゃんに見られちゃったかも︙︙。想像するだけで泣きそうになるけど、ぐっとこらえてママのところに戻ることにした。 「おかえりなさい、ノアちゃん。さあ、手作りサンドウィッチです。どうぞ」 「ありがとう、ママ。いただきまーす」 ママと一緒にお昼ごはん。いつものお休みとおんなじ感じだけど、今日はなんだかママといっぱいおしゃべりしたくなって、今朝あったこととかをいろいろお話してみたの。 |
「︙︙そうでしたか。ミヤさん、やっぱりキヅカイのできるステキな人ですね」
「ミャーさんが? どうして?」 「ノアちゃんに、ヒナタちゃんとふたりきりの時間を作ってくれたのですから。感謝しないといけませんね」 「んー。ミャーさん、単に宿題とかが忙しいって感じだったけどなぁ」 「そこが日本人のビトクというものです。ツカズハナレズ見守り、オシツケガマシクもなく、サッシとオモイヤリを大事にする。この国の好きなところのひとつです」 「なんだかムズカシイね。つかずはなれず? えっと︙︙?」 ミャーさん、確かに朝は頼れるお姉さんって感じがしたけど、ヒナタちゃんとの距離感みたいにアタシにべったりって感じでもなかったし、必要な時にサポートしてくれるような、そういう安心感があったなぁ。つかずはなれず見守ってくれていたってことなのかな? あと、ママが言ってたように「ヒナタちゃんとふたりきりの時間をミャーさんがプレゼントしてくれた」ってことなら、ミャーさんはそんなこと言ってなかったし、おしつけがましいって感じでもないってことだよね。言われないと分からなかったけど。 さっしとおもいやり、がムズカシイけど︙︙。あれ? そういえばミャーさん「ノアちゃんの気持ちは分かるけど」って朝に言ってたかも。アタシのヒナタちゃんへの気持ちはミャーさんには一度も言ってないし、あれってアタシの気持ちのどういうところを分かってくれたってことなんだろう? でも、あの時の会話の流れだと、ミャーさんは確実にアタシのヒナタちゃんへの想いを知ってるってことだよね。うぅ、ミャーさんに知られちゃってるのはハズカシイっていうか、ライバルに手の内を知られちゃった気分。どうしよう︙︙。 「でも、よかったですね。ノアちゃん」 「︙︙ママ?」 「こんなにも身近に、ノアちゃんのことを完全に理解してくれている、頼れるお姉さんがいるなんて。めぐまれていますね」 「う、うん︙︙」 アタシのことを完全に理解してくれているミャーさん。ママの言うことが本当だとしたら、それってアタシがミャーさんに抱いてるライバル心とか、全部お見通しってことなの? それって、なんだか︙︙。 |
︙︙あれ? でもちょっと待って。 恋のライバルって普通「同じ人をふたりで奪い合う」ときに使う言葉だよね。子ども向けの雑誌に書いてあったもん。アタシはヒナタちゃんともっと仲良くなりたいけど、ミャーさんはヒナタちゃんじゃなくてハナちゃんともっと仲良くなりたいわけで︙︙。 んん? あれれ? もしかしてアタシ、ミャーさんはライバルじゃなくて味方にできるんじゃない? ミャーさんはヒナタちゃんに「姉離れして」ほしいって前にも言ってたし、ヒナタちゃんがアタシの方を向いてくれたらミャーさんはハナちゃんにもっと集中できるよね? 「︙︙いける︙︙!」 「ノアちゃん?」 リガイがイッチしたって、こういうことだよね。なーんだ、完全にアタシの独り相撲だったみたいでハズカシイ︙︙。ヒナタちゃんが愛してやまないミャーさんっていう強大な壁はそのまま残るけど、でも、すごく気が楽になった。 あとは純粋に、ヒナタちゃんをアタシのほうに向けさせればいいってことだもんね。 宇宙一のミャーさんから、アタシのほうに︙︙。 ううーん。それはそれでやっぱり難題だなぁ。ミャーさんに協力してもらって、なんとかなるといいんだけど︙︙。 「ダイジョウブですか? ノアちゃん」 「あ、うん。お昼ごはんありがとうママ。ごちそうさまー☆」 「はーい。オソマツサマでした」 「じゃあアタシ、ヒナタちゃんのとこ行ってくるね! ママ、また明日!」 「いってらっしゃいです、ノアちゃん」 |
06
ピンポーン おうちから出て10秒くらい。お隣のヒナタちゃんのおうちのインターフォンを鳴らす。 「おー、ノア! おかえり!」 「た、ただいまー︙︙」 満面の笑みのヒナタちゃんがドアを開けてくれて、アタシを迎え入れてくれた。 でも、おかえりって︙︙。なんだか、ヒナタちゃんの家族になったときのシミュレーションみたいな感じがして、くすぐったいなぁ。えへへ︙︙。 アタシも「おじゃまします」じゃなくて「ただいま」って言っちゃったし! キャーもー、なんなのこれ。胸がもにょっとするー! 「ノアはお昼食べてきたか? まだなら何か作ってもらうぞ?」 「あ、大丈夫だよー。ママのサンドウィッチ食べてきたから」 「そっか。お、なんだか重そうだな。それ持つぞ」 「わ、ありがとー!」 「じゃあ私の部屋まで行くか!」 ヒナタちゃんに連れられて、二階のヒナタちゃんのお部屋まで移動する。でもやっぱり、ヒナタちゃんカッコイイなぁ︙︙。アタシが持ってる大きなカバンを流れるように持ってくれるなんて。あらためてほれなおしちゃう☆ 階段をのぼりながら、午前中のことを思い返してヒナタちゃんに声をかけた。 「ヒ、ヒナタ、ちゃん︙︙」 「ん? どうした? ノア」 「その︙︙。午前中は、ごめんネ。すぐ戻るつもりでいたんだけど、アタシ︙︙」 「なんだ、そんなことか。気にしなくていいぞ、ノア!」 |
「ヒナタちゃん︙︙!」
「私も、午前中はお母さんに呼ばれてお話してたんだ。その時にノアのことは聞いてたからな」 「そ、そうだったんだー」 よかった。待ちぼうけさせちゃったけど、ヒナタちゃんは怒ってないみたい。チヅルさんにはアタシのママからお電話してくれたみたいだから、確かにヒナタちゃんもママからジジョーを聞いてるよね。 あーあ。なんだかママたちにサポートしてもらってばっかり。あとでチヅルさんにもアタシからちゃんとお礼を言わないと。もう一泊させてもらうんだし、ご挨拶はしておかないといけないしネ。ヒナタちゃんとこはお隣だけど︙︙。ううん、お隣だからこそ、シタシキナカニモレイギアリってやつだよね。うんうん。 「おじゃましまーす」 「おう! ノア、カバンここに置いておくからな」 「重いの持ってくれてありがとーヒナタちゃん☆」 ヒナタちゃんのちょっと後ろについて歩いて、ヒナタちゃんのお部屋の前まで到着。そのままドアを開けてくれたヒナタちゃんに続いて、アタシもヒナタちゃんのお部屋に入り込む。パタンとドアを閉めて、ヒナタちゃんはベッドの上にアタシのカバンを置いてくれた。 「ノア、それでな」 「うん?」 「お母さんから言われたんだけどな。今日の夜寝るとき私はそこの床で寝るから、ノアは私のベッド使ってくれるか?」 「えっ︙︙」 ヒナタちゃん︙︙、どうして︙︙? ママから何を言われたんだろう。ううん、きっとヒナタちゃんの言った通りのことを言われたんだと思う。でも、それを言われたってことは、寝相の悪さについて直接怒られたりしたってことなのかな︙︙。 アタシはヒナタちゃんがかわいそうで泣きそうになりながら、ぐっと我慢してヒナタちゃんのカワイイ瞳を見つめる。 |
「︙︙今まで、誰にも言われたことなかったんだけどな。私、寝相が悪いみたいなんだ」
「そ、そんな、こと︙︙」 「でも、寝てる時のことだから、私も自分でどうにかできそうになくてな。ノアの為に、別々に寝た方がいいんじゃないかって思うんだ」 「うぅ、そんなぁ︙︙」 ヒナタちゃんの寝相が悪いのは事実だからフォローのしようもないし、ヒナタちゃんから「アタシの為に」って言われちゃうと、アタシからはなんにも言えなくなっちゃう。 なっちゃうけど、でも︙︙! アタシは、ヒナタちゃんと一緒に寝たいの! フツウに朝まで、ヒナタちゃんと、シアワセに寝たいだけなの︙︙。 これって、アタシのワガママなのかな? そうなのかな? 大好きな人と、愛してる人と、一緒に寝たいって思うことって、そんなにイケナイことなの︙︙? 「────! ノア」 「へっ︙︙?」 ぎゅっ ヒナタちゃんは一瞬、驚いたような顔をしてアタシのことを抱きしめてくれた。アタシは何が起きたのか分からなくなって、ヒナタちゃんのやわらかくてあったかい胸に包まれたまま動けなくなっちゃった。 「ごめんな、ノア。泣かせるつもりなんてなかったんだ」 「え︙︙? アタシ、泣いて︙︙?」 言われてやっと気がついた。アタシ、ヒナタちゃんの前で泣いちゃってたんだ。 アタシ、なんてヒキョーなんだろう。目の前で友だちが泣いていたら、それも自分が泣かせたって思ったら、こうなることくらい分かるのに。 |
ヒナタちゃんはママから怒られたかもしれないのに。アタシのせいで怒られたかもしれないのに。アタシが、ヒナタちゃんと寝たいなんて言わなければ怒られることなんてなかったはずなのに︙︙。
「ノア。ごめんな︙︙」 「ア、アタシの方こそ、ごめんね。ママから怒られちゃったよね。アタシがワガママ言ったから︙︙」 「いいんだぞ。ノア、もう大丈夫だぞ︙︙」 ヒナタちゃんはそう言って、アタシのことを抱きしめてくれた。あったかくて、とってもやさしくて、でもどこかカナシイ抱擁。 まるでヒナタちゃんもアタシのことが好きって思ってくれてるんだって、そんなユメみたいなことを考えちゃうくらい、甘くて、セツナイ、そんな抱擁。 「いつもはな、みゃー姉に一緒に寝てもらうんだけどな。毎日はダメって言われてて」 「うん︙︙」 ヒナタちゃんのあったかい胸越しに聞こえる、いつもよりちょっと落ち着いた低めのヒナタちゃんの声。耳に心地よくて、うっとりしちゃう。 「でも、ノアは私がお願いしなくても一緒に寝るって言ってくれた。それがうれしくてな︙︙」 「ヒ、ヒナタ、ちゃん︙︙。うん。だって、アタシ、ヒナタちゃんと一緒に寝たいんだもん」 あれ、アタシ、そんなことするっとヒナタちゃんに言っていいの? だって、それってつまり────。 ヒナタちゃんのことが好きだって、言ってるようなものでしょ? 「ありがとな、ノア。ノアのこと大好きだぞ」 「あ、ありがと︙︙。アタシ、アタシも、ヒナタちゃんのこと︙︙、大好き、なんだよ︙︙?」 |
って、アタシ、今ここでそれ言っちゃうの!?
アタシはヒナタちゃんに抱かれながら真っ赤になる。こんな顔ヒナタちゃんには合わせられないけど︙︙。 でも、ヒナタちゃんの顔が見たい。今、どんな表情してるの︙︙? 勇気を振り絞ってヒナタちゃんの顔を見上げてみると︙︙。 そこには、いつもの太陽のような、愛らしい八重歯の覗くニカッとした笑顔があった。 「おう! ノア、ありがとな!」 「う、うん︙︙」 ────知ってる。アタシ知ってるんだ。 ヒナタちゃんはアタシのことが大好きって言ってくれる。世界一カワイイって言ってくれる。でも、いつも、どんなときも。ヒナタちゃんにとっての宇宙で一番はミャーさんなんだ。 アタシだって知ってるもん。 ミャーさんは味方にできるかもしれない。でも、ヒナタちゃんのミャーさん好きは、ミャーさんが言って聞かせてもどうしようもないのかも︙︙。 ︙︙ダメダメ。何を弱気になってるのアタシ。ヒナタちゃんがミャーさんのこと好きなら、アタシのことをもっと好きになってもらうしかないじゃない。 世界一カワイイんでしょ、アタシ。こういうときにがんばらなくてどうするの! 「んー。じゃあ、ノアの言ってたファッションショーするかー?」 「あ︙︙。えっと︙︙」 ヒナタちゃんにそう言われて、ウンと頷きそうになって。 でも、ちょっと待って。アタシ、ヒナタちゃんと仲良く楽しむ前に、やらないといけないことあるんじゃない? そう、ヒナタちゃんのママ。チヅルさんにアタシからもごめんなさいしないといけないよね。ヒナタちゃんにも一緒に来てもらって、ヒナタちゃんにアタシがママに謝ってるところを見てもらわないと。ヒナタちゃんはちょっと寝相が悪いだけなんだし、それ分かっててワガママを言ってるのはアタシなんだから。 |
こういうところをしっかりしておかないと、カワイイとは言えないもんネ。
「ヒナタちゃん」 「お? どうしたー? ノア」 「アタシと一緒に、ヒナタちゃんのママのところに来てほしいの」 「お母さんのところにか? おう! いいぞー」 こうしてアタシは、さっき上がってきたばかりの階段をヒナタちゃんと一緒に降りて、リビングへ向かっていったんだ。 |
07
「あ、ノアちゃん︙︙。おかえり」 「ミャーさん︙︙。ただいま!」 「お、ノアちゃんかい。今夜も泊まるんだってね」 「おばさん︙︙。あ、あの︙︙」 一階に下りて、リビングに入った時。ミャーさんに最初に声をかけられた。ヒナタちゃんと同じで「おかえり」って。家族って感じがしてなんだかうれしい。えへへ︙︙。 続けてチヅルさんからも声をかけてもらえて。アタシはあんまりチヅルさんと直接話したことがないから、どうしてもキンチョウしちゃう。でも、がんばらないとね! アタシがチヅルさんのことを棒立ちで見つめていたら、何かに気づいたようにチヅルさんがダイニングの椅子までアタシを促してくれた。 「︙︙ま、座りなさいな」 「は、はい」 アタシを奥の方の椅子に座らせてくれて、チヅルさんは机をはさんで反対側の椅子に座る。まっ正面から向かい合う形になって、ドキドキしちゃう。ヒナタちゃんはアタシの左隣に座ってくれて、心配そうにアタシの左肩に右手を置いてくれてる。それだけで、なんだかがんばれる気がした。 「そ、その。今日もお泊りさせてもらいます。よ、よろしく、お願いします︙︙」 「それはいつだって歓迎よ。まぁ、もの好きだなとは思うけどね」 「えっと、イッシュクイッパンのお礼に、アタシにできることならお手伝いするので︙︙」 「んん? あっはっは︙︙ へぇ、最近の小学生は難しい言葉知ってんのね」 チヅルさんは愉快そうに笑うと、アタシにニカッとした笑顔を向けてくれた。 そう、まるでヒナタちゃんみたいなカッコイイ笑顔。 |
「いつも食後の洗い物とか手伝ってくれてるって聞いてるし、そんな畏まらなくていいのよ」
「は、はい」 「自分の家だと思って、くつろいでちょうだい。ゆうべは大変だったろうし、ゆっくりするのよ」 チヅルさんはそう言って、アタシにウィンクをして椅子から立ち上がった。ご挨拶はおしまいってことみたい。だけど、アタシは言わないといけないことがあるの。 「あ、あのっ チヅルさん!」 「ん? どうしたの?」 アタシも立ち上がって、しばらくの間チヅルさんと見つめあう。そして、やっと決心のついたアタシは、チヅルさんに頭を下げながら切りだしてみたの。 「ご、ごめんなさい! 昨日から、アタシのワガママを聞いてもらって︙︙」 「ノア!? なんでだ! なんでノアが謝るんだ!?」 「ノアちゃん︙︙」 隣でヒナタちゃんが慌ててるのが分かる。チヅルさんはアタシのすることも、言うことも、さえぎることなく好きなようにさせてくれていた。 「ヒナタちゃんと、今夜も一緒に、寝させてください」 「今まで何度も添い寝してるから、危ないのは分かってるつもりです」 「ミャーさんとも約束したの。今夜やってみて危なかったら、しばらく間を空けるって」 「だから︙︙お願い、します。今夜も、アタシのワガママ通させてください」 アタシは目を閉じて、チヅルさんにずっと頭を下げながら最後まで言い切った。 アタシだって、子どものワガママだと分かってる。六年生なんだし、大人の言うことは聞かないといけないのも分かってる。でも、これだけは引けないの。自分の気持ちに嘘はつけないし、正直でいたいの︙︙! |
時間にして三十秒くらい。その間、ヒナタちゃんも、チヅルさんも、離れたところのミャーさんも、全員動きが止まっていたように感じた。
「ひなた」 「︙︙お母さん?」 「自分の部屋に行ってなさい」 「そんな、このままノアを置いていけないぞ! 私も一緒に」 「ひなた」 ヒナタちゃんがたじろぐのが分かる。アタシはヒナタちゃんに隣にいてもらえたら心強いけど、無理は言えないよね。アタシは無言のまま、さっきと同じ体勢を崩さなかった。 「私はノアちゃんと話をしたいの。分かるわね?」 「うぅ︙︙。ノア︙︙」 「取って食いやしないわよ。さ、ひなた」 「ノア︙︙」 ヒナタちゃんはアタシの背中をなでると、リビングを出て階段を上っていった。ヒナタちゃんの手、やっぱりあったかいな。ごめんね、ヒナタちゃん。 「︙︙ノアちゃんの思いは分かったわ。とりあえず頭を上げてちょうだい」 「はい︙︙」 アタシは顔を上げて、チヅルさんと目を合わせる。チヅルさんは椅子に座り直すと、すごく真剣な顔をしてアタシのことを見つめてくる。それは、子ども相手に見せる表情じゃないような、そんな凄みのある顔だった。 「その様子だと、ひなたから聞いたんだね」 「はい。ヒナタちゃんは、今夜は別々に寝ようって」 「あの子も六年生だしさ。そろそろ現実を知るべきなのよ。ひなたは寝相悪くて一緒に寝る人は大変なんだと伝えたの」 「ヒナタ、ちゃん︙︙」 じゃあ、別々に寝ようっていうのはチヅルさんの指示じゃなくて、ヒナタちゃんが自分で考えたことなんだ。 |
寝相が悪いなんて言われてショックだったはずなのに、アタシを守る為にどうすべきかを考えてくれたんだ。うれしい︙︙。
「︙︙ん。じゃあ、今度は私の思いを聞いてもらってもいいかい?」 「は、はい」 「ノアちゃんがひなたと一緒に寝た翌朝は、いつも寝不足だってことに私も気づいていたわ」 「そう、でしたか」 「私だってあの子の親よ。昔から添い寝してボロボロになってきたから大変なのは分かってるのよ」 みやこほど多くは添い寝していないけどね。なんてチヅルさんは軽い口調でそう言った。でも、ヒナタちゃんの寝相の悪さはアタシも何度も味わってきてるから、そんな軽く言えるようなことでもないのはよく分かってるつもり。アタシは真剣な顔を崩さず、チヅルさんのことを見つめ続けた。 少し表情の緩んだチヅルさんだったけど、すぐにさっきの真剣な顔に戻った。 「︙︙本題だけどね。寝不足ならまだしも、暴れるひなたの手足が当たってそのかわいい顔に怪我でもしてみなさいよ。姫坂さんも黙ってないでしょう? 何よりも大事なノアちゃんのことだし」 「︙︙︙︙」 「ただのお泊まりって考えてるだろうけど、大切なよそのお子さんを預かるんだし、私には保護者としての責任ってもんがあるのよ。そのこともあって「うちの子になるかい?」なんて冗談も言ったけどね」 「︙︙︙︙」 「怪我をさせる可能性が少しでもあるなら、私から添い寝をしていいとはとてもじゃないけど言えないのよ」 「︙︙︙︙」 「私はね、ノアちゃんのことも、そしてひなたのことも守りたい。そこは分かってほしいの」 「︙︙︙︙」 チヅルさんの、大人としての強い責任感を感じる言葉。 口調はとても静かだけど、言ってることはどれも正しくて、アタシがワガママを通せるスキマはないように思えた。 |
でも、アタシは意外と冷静だった。チヅルさんは変わらず真剣な顔だけど、少しだけアタシを見て目を細めていた。それはまるで、アタシが話を飲み込むまで待ってくれているようにも見えて。それなら、チヅルさんに言われたことの意味をひとつずつ考えてみよう。ここはゆっくり、時間をかけていいはず。そう気づけるくらいには周りが見えていたの。
机に視線を落として、自分の気持ちとかを考えてみる。アタシは最初、ヒナタちゃんへのアタシの想いを、チヅルさんに否定されたように感じた。それは、「添い寝をしていいとは言えない」というところがショックだったから。でも、チヅルさんの表情、話し方、言っていることの内容を考えてみると、チヅルさんはアタシをヒナタちゃんから遠ざけようとはしていないように思えた。だって、もしそうならお泊まり自体ダメってことになるはずだもん。 寝不足を甘く見ていると、体調不良の原因にもなるからアタシのママは絶対ダメって言ってる。きっとチヅルさんの「寝不足ならまだしも」って言葉は、寝不足も当然ダメだけど、それ以上にって意味だよね。それ以上に、顔とかに怪我をするかもしれないことを恐れているってこと。確かに、まだそんなことにはなってないけど、ヒナタちゃんの暴れ方だといつか必ずカラダのどこかに怪我をすることになるかもしれないってことは、アタシも薄々気づいている。 でもね、アタシは別にそれでも構わないって思っていたんだ。ヒナタちゃんと添い寝をすることで怪我をするなら、むしろ勲章だよネ。なんて考えていたから。でも、チヅルさんにママがどう思うかってことを言われて、周りの人たちのことまで考えられていなかったことに気がついた。例えば、アタシが顔に怪我をしてママのところに帰ったらどうなるだろう。うん。間違いなくママはアタシと一緒にヒナタちゃんのおうちまで来て、説明してほしいとお願いをするはず。そうなったら、チヅルさんは、ミャーさんは、そしてヒナタちゃんは、どう感じるだろう。きっとアタシ以外のみんなそれぞれが、「アタシを一緒に寝させたことを後悔する」と思う。 それじゃあ、やっぱり︙︙。アタシはヒナタちゃんとの添い寝を諦めるしかないってことになる。 その為に、ヒナタちゃんと一緒に寝る為に、もう一泊させてもらうことにしたのに。これじゃあ、あんまりだよ︙︙。 でも、チヅルさんを目の前にして、今はこれ以上のワガママを言えないように思えた。ただただ、アタシは自分の胸の中で、無念でしかたがないという思いをくすぶらせることしかできなかった。 |
「︙︙私からはそれだけよ。ちょっと夕飯の買い物に行ってくるわ」
「︙︙あ︙︙」 「私からはひなたとの添い寝は許可できない。これは絶対よ? ︙︙どうすればいいか、ゆっくり考えてみるんだね」 チヅルさんはもう一度だけそう言うと、立ち上がってリビングを出ていった。 どうすればって︙︙。ダメって言われてるんだから、もうそこでおしまいじゃない。 アタシは苦しかった。いろんな想いが小さな胸の中でせめぎあって、暴れているのを感じる。 ヒナタちゃんが好き。 好きだからヒナタちゃんをカガイシャにしたくない。だから添い寝は諦めるしかない。 チヅルさんの言うことは正しい。ぜんぶその通りだと思う。 でも、ヒナタちゃんが好き。世界で一番好き。愛しているの︙︙! アタシ︙︙アタシ、もうどうしたら︙︙! ふわっ 頭の中がぐるぐるして、胸が苦しくて、息ができなくて、どうにかなってしまいそうだった、その時。 何かがアタシに覆いかぶさるように、アタシをやさしく包み込んだ。 とても甘い、いいにおいがする︙︙。 「︙︙? ミャー、さん︙︙?」 「︙︙︙︙」 きゅぅ︙︙ それはミャーさんだった。ミャーさんはアタシの呼び掛けに応えるかのように、少しだけアタシを抱く力を強めた。 |
もう。アタシ、ハナちゃんじゃないよ?
「ごめんね、うちのお母さんが︙︙。こんなにノアちゃんを泣かせて︙︙」 「ミャー、さん︙︙」 ああ、またアタシ泣いちゃってたんだ。ダメだなぁアタシ。ミャーさんに心配されるようじゃ、アタシまだまだだネ。 だって、ミャーさんだよ? 大学生だけど、アタシたちと対等のお友だちだし、それに︙︙。 「ノアちゃんの想いは、私も知ってるからね。いつだって応援しているからね」 「ミャー、さ︙︙」 ハナちゃんにキモイ撮影するし、コスプレ趣味だし、ひきこもりだし︙︙。 でも、アタシの知ってるミャーさんは、ハナちゃんだけじゃなくてちゃんとアタシのことも見てくれて、気にかけてくれて、大事にしてくれる。 アタシ、知ってるんだ。ミャーさんはホントは頼れるお姉さんだってこと。 「ミャーさん︙︙。アタシ、アタシ︙︙︙︙ うああぁあぁぁぁ︙︙︙︙!」 「うんうん。いいんだよ、ノアちゃん。よしよし︙︙」 アタシの中のなにかが崩れて、熱いものがとけだして、ながれでていく。 すごく怖かった。ただお話してただけなのに、ずっとドキドキしてて、息苦しかった。 でも、ミャーさんが抱き締めてくれたら、すぅっと力が抜けていくのを感じて。その瞬間、アタシはミャーさんに救ってもらったんだと分かったの。 ミャーさん、ごめん。ずっとアタシ、ミャーさんのこと敵だと思ってた。アタシからヒナタちゃんを奪う、どうしても倒せないラスボスだと思ってた。 でも、そんなことなかったんだ。アタシがずっと勘違いしていただけで、ミャーさんはいつだってアタシのことを気にかけてくれていたんだ。 今だって、こんなに︙︙。 |
「︙︙落ち着いた?」
「う︙︙ん。ぐすっ ミャーさん、ありがと︙︙︙︙」 「ノアちゃんはすごいね。うちのお母さん怖いから、私でもあんなこと言えないのに」 「すごくないよ? だって、結局ダメってことになっちゃったし︙︙」 ミャーさんはアタシのことを見つめると、頭をゆっくりなでてくれた。 もう、そういうのはハナちゃんにしてあげて。そんなやさしい顔で、ずるいよ︙︙。 それに、なんでミャーさんまで泣いてるの? アタシのことなんだから、ミャーさんにはカンケイない話なのに。 ︙︙ううん、違う。ミャーさんやさしいから、アタシのことでも泣いてくれてるんだ。 「︙︙ノアちゃんは立派だよ。ちゃんとお母さんに挨拶して、自分の想いを説明して、正面からぶつかって︙︙。勇気あるよね︙︙」 「チヅルさん、怖いけど︙︙。話せばちゃんと分かってくれると思ったから」 「うんうん︙︙」 「結局、ダメだったけど。チヅルさんの言うことももっともだと思うし、今回のお泊まり大作戦は失敗ってことだネ☆」 「ノアちゃん︙︙」 ミャーさんまだ泣いてる。空気変えたくてちょっとおちゃめに言ってみたのになー。ミャーさんのこと、そこまで悲しませちゃったんだね。ミャーさんごめんね。 そのとき。ミャーさんが顔をアタシの耳元までぐっと寄せてきて、こう囁いたの。 「︙︙ノアちゃん。私からちょっとだけアドバイス」 「ミャ︙︙な︙︙なに︙︙?」 ミャーさん体が大きいから、ぐいぐい来られるとやっぱりちょっと怖い。 でも、ミャーさんの様子がものすごく真剣だったから、アタシも下手なこと言えなくてじっと待ってみる。 |
「︙︙ノアちゃんは、もう子どもとしては完璧だよ。ひなたなんて、とてもじゃないけどノアちゃんの真似はできないと思う」
「︙︙」 「だからね、ノアちゃんは次のステップに進んでいいと思うんだ」 「次の︙︙ステップ︙︙?」 「そう。それはね──────────────────」 |
08
コンコン︙︙ ガチャ︙︙ 「︙︙ヒナタちゃん︙︙」 「ノ、ノア︙︙! 大丈夫だったか?」 二階のヒナタちゃんの部屋に戻って、ノックをして入りこむ。 ヒナタちゃんはベッドの上で体育座りをして、自分のおひざでほっぺたを挟み込むような体勢で小さくなっていた。でも、アタシを見つけるとぱっとベッドから飛び降りてきて、駆け寄ってきてくれたの。 「うん︙︙。ヒナタちゃん、アタシのせいで、いろいろとゴメン」 そう言って、アタシはヒナタちゃんをやさしく抱きしめる。ヒナタちゃんの右の肩にあごをのせて、ヒナタちゃんの腰に手を回す形で。ヒナタちゃんは一瞬びくっとしていたけど、すぐにアタシの背中に手をまわしてくれた。 「︙︙なに言ってるんだ。私の寝相が悪いのが問題なのに、ノアが謝ることなんてなんにもないんだぞ︙︙」 「ううん。ヒナタちゃんこそなんにも悪くないんだよ? アタシが、それを知ってるのに無理やり一緒に寝たいって言い出したのがいけなかったの」 だから、元気出して? アタシはヒナタちゃんのおでこに自分のおでこをくっつけながら、ヒナタちゃんにお願いした。そうした方がアタシのお願いが、想いが、届くんじゃないかって。そう思えたから。 ヒナタちゃんはぼーっとしたお顔をして、ちょっと赤くなってるように見えた。 「お、おう! 私はいつも元気だぞ。ノアも、無理することないけど︙︙。元気になってほしいぞ」 「うん。ヒナタちゃんありがと! アタシももう元気だから、大丈夫☆」 |
ヒナタちゃんから離れて、ちょっと距離を置いて。その場でくるんとひとまわりしてからヒナタちゃんにウィンクをする。ヒナタちゃんは一瞬、目をまんまるにしてたけど。すぐにいつもの太陽のような笑顔になってくれたんだ。
「︙︙そっか。よかった!」 よかった。ヒナタちゃんも分かってくれたみたい。これでアタシたちはいままで通り。ヒナタちゃんと夜に一緒に寝られないのは残念だけどネ。 そう。いままで通り︙︙。ホントはもっと近くなりたかったんだけどな、心の距離。 「じゃあ、ノア。もうあんまり時間ないけど、ファッションショーするかー?」 「あ、うん。それじゃちょっとだけやろー☆」 アタシは持ってきていたカバンから、いくつかお洋服を取り出してベッドの上に並べる。ヒナタちゃんには︙︙これかな。ヒナタちゃんは薄手の普段着だから、その上から着せちゃおう。うん、やっぱりヒナタちゃんもこういうヒラヒラでフリフリのお洋服似合うと思ってたんだー。いつもはボーイッシュなお洋服が多いヒナタちゃんだから、そのギャップもあってとってもカワイイ! よーし。大きな赤いリボンも着けちゃおうっと☆ 「お? おおー、私が着るのかー?」 「そうだよー。ヒナタちゃんのファッションショーだもん」 「そうなのか!? 私はてっきり︙︙」 「?」 「ノアの、かわいい姿が見られるのかと思ってたぞ︙︙」 「トゥンク!」 シュンとしたヒナタちゃんも、なんだかすごくカワイイ。ずっと見ていたくなっちゃうけど、それだとカワイソウだよね。 「それじゃあ、アタシも一緒に着るね。ヒナタちゃんはどういうのが見てみたい?」 「そうだなー。ノアならどんなのでもカワイイからなー。 じゃあ、これとかどうだ?」 |
「えへへ︙︙。あ、これね。着てみるネ☆」
ヒナタちゃんが指差したのは、前にヒナタちゃんと映画館デートをした時に着ていたピンクのワンピース。えへへ︙︙。ヒナタちゃん、あの時のこと覚えててくれたのかな。そうだったらうれしいな。 ワンピースだから今着ているお洋服は全部脱がないと。いつもミャーさんのお部屋で撮影するときは、ヒナタちゃんのお部屋でお着替えさせてもらってて。今はふたりきりだし、ここでいいかな。お風呂の脱衣所みたいなものだよね。アタシはひょいひょいと上着とスカートを脱いで下着と靴下だけになる。ピンクのワンピースを手に取ろうとして、ふとヒナタちゃんのほうを見てみると︙︙。 ヒナタちゃんは真っ赤になって、くるっと後ろを向いちゃった。 「︙︙ヒナタちゃん?」 「ノ、ノア︙︙。ちょっと、トイレ行ってくる!」 「う、うん」 そんなに我慢してたのかな? ヒナタちゃんはフリフリのカワイイお洋服をたなびかせながら、ドアを開けて全速力で走って行っちゃった。 よし。ヒナタちゃんが戻ってくるまでにお着替えしちゃおう。ピンクのワンピースと、レース生地のシャツ︙︙あったあった。あとはあの時の白いお帽子。ぜんぶ身に着けて、姿見で確認してみる。うんうん。このコーディネート大好き。今見てもカンペキだと思う。ヒナタちゃん、喜んでくれるといいな︙︙。 それから十分くらい経って、ようやくヒナタちゃんが戻ってきた。なんだか赤い顔をしていて心配だけど、具合が悪い感じでもなかったからそのままふたりきりのファッションショーを続けちゃった。ヒナタちゃんはホントどれを着てもカワイクて、お着替えのたびにほわぁ~ってなっちゃう。アタシは自分のスマホでヒナタちゃんを撮影しながら、アタシもヒナタちゃんの希望するお洋服を着てヒナタちゃんに見てもらいながら、いい感じでファッションショーは進んでいった。そうそう。これがしたかったの☆ 「イイ! イイネ! ヒナタちゃんいいよー! カワイイ! カッコイイ! ひゅー!」 「なんかノア、みゃー姉みたいだな!」 「えー、そうかなー?」 「おう! みゃー姉みたいにまっすぐで、かっこいいぞ!」 |
「ヒナタちゃん︙︙!」
「それに、ノアのその服も似合っててすごくかわいいぞ!」 「んもー、ヒナタちゃんそういうとこだよー」 ホント、気を抜いていると胸の深いところまで突き刺さるようなうれしい言葉をかけてくれる。ヒナタちゃんの好きなところのひとつだなぁ。ドキドキしちゃって真っ赤になるから、連続でされちゃうとカラダがもたないけどネ。 それにしても、ミャーさんみたい、かぁ︙︙。 さっきの、一階でのミャーさんの様子がふっと浮かぶ。ミャーさんはハナちゃんにいつもいろいろキツいこと言われて涙ぐんでること多いけど、あそこまで涙を流しているところを────アタシのせいで泣いているところを────今まで見たことがなかった。だからアタシも内心おろおろしちゃって何もできなかったけど、あの時のアタシにできることはなかったのかなぁ︙︙なんてぼんやりと考えてみる。 「おーい。ノアー? どうしたー?」 アタシがぼんやりしていたら、ヒナタちゃんがカワイイ手をアタシの目の前でふりふりしながら、声をかけてくれた。いけない。大好きな人を前にして、他のこと考えちゃってた。 とりあえずミャーさんのことはあとでゆっくり考えるとして、今は目の前のヒナタちゃんを堪能しないと! アタシはふっと思いついたコーディネートを試してみたくなって、ヒナタちゃんとアタシにそれぞれ着つけていく。うん。こういうのもいいよネ。 「おおー、これ︙︙」 「にゅふふーん。アタシのもどう?」 「なんか、くすぐったい感じだけど、ノアもかっこいいぞ!」 「えへへ︙︙。アリガト、ヒナタちゃん。ヒナタちゃんもとってもカワイイ☆」 アタシはヒナタちゃんを無意識のうちに抱きよせて、自撮りの時みたいにふたり並んで写真を撮った。 ヒナタちゃんには、例のピンク色のワンピース一式を。アタシは映画館デートの時にヒナタちゃんが着ていたボーイッシュなお洋服を。 |
そう。衣装交換っていう、あれ。いつもかっこいいヒナタちゃんが女の子らしいカワイイお洋服を着ていて、アタシがヒナタちゃんのボーイッシュなお洋服を着ているの。なんだかこういうのも新鮮でイイネ! コスプレの魔力っていうのかな。ヒナタちゃんのお洋服を着ていると、なんとなくヒナタちゃんぽく振る舞いたくなってくる。ヒナタちゃんもあの時サンドウィッチを入れていたポシェットを両手で持ってるから、なんとなくしおらしい感じがして新鮮。
「ヒナタちゃん︙︙」 「ノ、ノア︙︙」 アタシはいつもヒナタちゃんにしてもらってる「わしゃわしゃ」を、ヒナタちゃんにしてみようとゆっくり近づいていく。ヒナタちゃんも赤い顔をしながら、アタシを待ってくれてるように見えた。 ヒナタちゃんのほっぺたまで、あとちょっとというところで────。 「ひなたー。ノアちゃんー。おやつできたから降りておいでー」 ミャーさんの声が聞こえて、目の前にあったヒナタちゃんのうるんだ瞳が、さっと切り替わったのが見えた。 「みゃー姉のおやつだ! ノア、下にいくぞー!」 「あっ 待ってよー、ヒナタちゃーんっ」 ううーん。あとちょっとだったのになぁ︙︙。でも、いつも通りの元気なヒナタちゃんもアタシは大好きだから、これはこれでいいかなって思ってる。 ドアを開けて一階に駆け下りていくヒナタちゃんを追いかけて、アタシも元気にミャーさんの元へと向かっていった。 |
09
「あーー~~~︙︙ お風呂気持ちいいなー~~︙︙」 「ゴクラクだねぇ︙︙」 ヒナタちゃんとふたりでおばあちゃんみたいなことを言いながら、お風呂につかっている。 今日のミャーさんのおやつはパンナコッタだった。卵を使わないプリンみたいなデザートで、冷たくて、つるんとしてて、甘くておいしかったー! ハナちゃんが知ったら絶対悔しがるだろうなぁって思うくらい、とってもおいしいおやつだった。さすがミャーさん。すごいなぁ︙︙。 ミャーさんも学校の宿題は終わっただろうし、おやつも作り終わったんだから、ちょっとだけでも遊べる時間ができたはず。案の定、おやつを食べ終わったヒナタちゃんはミャーさんに遊んで遊んでと飛びついていた。でも、ミャーさんは今度はお夕飯の支度をしないといけないからって、ヒナタちゃんをなだめていて。アタシのほうを見て「一緒にお風呂入っておいで」って言ったんだ。見た感じ、まだチヅルさんはお夕飯のお買いものから帰ってきていないみたい。だから、本格的に作り始めるのはまだ後になると思うんだ。やっぱり、ママの言っていたことは正しかったみたい。ミャーさんはアタシにヒナタちゃんとふたりきりの時間をプレゼントしてくれようとしているんだ。ミャーさん、ありがとう! 「でもさっきのあれ、おもしろかったなー!」 「えへへ︙︙。そうだったねぇ」 衣装交換したお洋服を着たまま走っていったら、ミャーさんが混乱しちゃっておもしろかったんだー。「ノアちゃ︙︙あれひなた? ひな︙︙んん、ノアちゃん!?」って感じで☆ あそこですかさず「ミャー姉!」って飛びつけばよかったー。きっとミャーさんの楽しい反応見られただろうなぁ。そこまで頭が回らなかったなー。あーあ。 「︙︙ノア。あのな︙︙」 「んー? なぁに? ヒナタちゃん」 「さっきの、ノアの服を着ててな。なんだかすごく、ドキドキしたんだ︙︙」 |
「ヒナタ、ちゃん︙︙?」
はっとして、ヒナタちゃんのほうを見てみる。ヒナタちゃんはお湯のせいかうっすら赤い顔をして、お口をお湯につけてプクプクしている。もうそれだけでもカワイイけど、ヒナタちゃんはさらに上目づかいでアタシのほうを見つめてくれたの。も、もうアタシ、心臓がつぶれちゃうかと思った。トゥンクどころの騒ぎじゃないよー! 「︙︙これ、なんなんだろうな。みゃー姉のジャージを着させてもらったことあるけど、うれしいってだけで︙︙。こうは、ならなかったんだ︙︙」 「ヒナタちゃん︙︙」 そんなに離れてはいなかったけど、ヒナタちゃんにもっと近づいて。お風呂のふちに背中を預けているヒナタちゃんの正面に移動して、ヒナタちゃんの両足をまたぐような感じで、アタシはヒナタちゃんに手を伸ばす。ヒナタちゃんもそのカワイイ八重歯がちょっとだけ見えるくらいにお口をぽかっと開けて、うるんだ瞳でアタシのことを見上げてくれている。 お風呂にはアタシとヒナタちゃんのふたりきり。さっきできなかった「わしゃわしゃ」を、今こそヒナタちゃんに────。 「の︙︙」 「ヒナタちゃん」 「の、のぼせちゃうから、さ、先にあがってるからな!」 「あっ︙︙」 やわらかそうなヒナタちゃんのほっぺたまであと3センチっていう、その瞬間。ヒナタちゃんはするりとお風呂の中で立ち上がると、アタシにぶつかることなくすごく器用に浴槽を出て、飛ぶように出て行っちゃった。 「ヒナタ、ちゃん︙︙」 アタシ、強引だったかな。でも、ヒナタちゃんのほっぺたを触りたかっただけなんだけどな。もしかしたら、ヒナタちゃんはアタシにキスされるって思ったのかな? もしそうだとしたら、それって︙︙。アタシがヒナタちゃんに「キスをしたいって想うような感情を持っている」って、見抜かれてるってことなのかな? |
あれ? でもそうなると、ミャーさんだけじゃなくてヒナタちゃんにもアタシの気持ち、気づかれちゃってるってことになるんじゃない︙︙?
「︙︙っ!? ︙︙~~~~~~~~~っ!!!」 ヒナタちゃんに逃げられちゃって、ひとりきりになったお風呂の中で。 アタシは自分のカラダを掻き抱いて、ハズカシサのあまりしばらくの間身悶えていたんだ。 |
10
「ごちそうさま。さすがみやこ。今日もおいしかった」 「ごちそうさま! みゃー姉おいしかったぞー!」 「ごちそうさまー☆ ミャーさんいつもアリガト!」 「はーい。おそまつさまでした」 ちょっとのぼせ気味になってお風呂場から脱衣所に出た時。様子を見にきてくれたヒナタちゃんがぐったりしていたアタシにすぐ気づいてくれて、アタシのことを介抱してくれたんだ。冷たく濡らしたタオルをおでこに当ててくれたり、うちわであおいでくれたり。今思い返してもヒナタちゃんの手際良さは見惚れちゃうくらいだった。 それと︙︙。アタシを介抱してくれてる間、ヒナタちゃんはその場から動かなかったんだ。普段のヒナタちゃんなら、真っ先にミャーさんを呼びに行くはずなのに。アタシを見つけてから、アタシが動けるようになって自分で立ち上がれるようになるまで、ヒナタちゃんはアタシのことをずっと真剣なまなざしで見つめてくれていた。あの時のヒナタちゃん、本当にカッコよかったなぁ︙︙。のぼせてたのもあるかもしれないけど、今思い返してみてもほわぁ~ってしちゃうくらいイケメンだった。ヒナタちゃん女の子だけどネ☆ 「ヒナタ、ちゃん︙︙」 「お? どうしたーノア」 「その、さっきは、ありがと︙︙。ごめんね、迷惑かけちゃって」 「なに言ってるんだ、ノア」 ヒナタちゃんはアタシの頭をなでて、そのまま片手をアタシの右のほっぺたに添えると真剣な顔になった。 「︙︙怖かったんだぞ」 「ヒナタちゃん?」 「あのまま、ノア起きないかと思った。そんなことになったら、私︙︙」 ヒナタちゃんが泣きそうになってる。ミャーさん関連で泣いているのはこれまでも何度も見てきたけど、アタシのことで、アタシを心配して泣いてくれているのはこれがハジメテのことかもしれない。 |
「ヒナタちゃん︙︙。アタシのこと心配してくれて、ありがとう」
「そんなの当たり前だ! ノアともう会えなくなったら、私は︙︙!」 「だ、大丈夫だよー。ちょっとのぼせちゃっただけなんだし。ホラ、元気だして?」 「うぅ、ノアぁ︙︙」 ついに泣き出してしまったヒナタちゃんを、アタシは胸の中に抱き寄せる。そしてゆっくりヒナタちゃんの背中をなでて、落ち着いてもらうことだけに集中する。 遠くのソファで、チヅルさんとミャーさんがアタシたちを見ながら話し合っている。ミャーさんはチヅルさんを止めようとしていたけど、チヅルさんは立ち上がってこちらに歩いてきた。ヒナタちゃんはちょっとだけ落ち着いてきていて、お話はできそうな様子だった。 チヅルさんの顔を見てみる。そしたら、アタシのことを見つめてニカッとした笑顔になって、ウィンクしてる。なんだろう? 「ひなた」 「︙︙おかーさん」 「ノアちゃんを助けたのは偉いと思う。でもね」 チヅルさんの顔が、さっと切り替わった。昼間、アタシのことを見つめていた、あの本気の顔に。 「もし、ひなたの対処できない病気が原因でノアちゃんが倒れていたらどうする? それに、病気の種類によってはひなたの対処が逆効果になることもあるのよ」 「そ︙︙そうなのか︙︙?」 「そう。今回は運良くのぼせていただけで、ひなたも何度もみやこに対処してもらっていたから迅速にできたけど、毎回そうじゃないってこと」 チヅルさんはそこでアタシのことを見ると、アタシにだけ分かる形で少しだけ笑顔になって一度だけうなずいた。それはまるで、口を挟まず最後までさせてほしいと言っているように見えた。 「下手すりゃ、ひなた。お前のその手でノアちゃんを死なせていたかもしれないのよ。反省して、どうすべきだったかを考えなさい。いいわね?」 |
チヅルさんはヒナタちゃんの返事を待たずに廊下の方へ行っちゃった。廊下に差し掛かったとき、振り向いてアタシに笑顔でもう一度ウィンクしてから出ていった。
え︙︙? どういうことなの? 残されたヒナタちゃんはものすごく大きなショックを受けていた。そりゃそうだよ。よかれと思ってアタシのこと助けたのに、それが裏目に出て自分の手で死なせてたかもしれないなんて言われたら︙︙。 ようやく落ち着いてきていたヒナタちゃんだったけど、目にいっぱいの涙をためながら、チヅルさんに言われた通り一生懸命考えてるように見えた。 「︙︙ノア。ごめんな、聞いてくれるか?」 「うん。ヒナタちゃん、教えて?」 「お母さんの言うとおりだ。私に分からない病気かもしれないのに、のぼせてるだけって決めつけて、ノアのこと、危ない目にあわせてた」 「ヒナタちゃん︙︙」 「すぐに、みゃー姉と、お母さんに知らせなきゃいけなかったんだ。ぐすっ ごめんな、ノア。ごめんなさい︙︙。 でも、な。ノアぁ︙︙」 アタシは何も言わずヒナタちゃんを抱きしめた。 もういいの。もう、いいんだよ、ヒナタちゃん。 ヒナタちゃんはアタシを助けてくれて、立派にチヅルさんの言ってた反省もしたし、次にどうしたらいいかもちゃんと理解した。 もう、それでいいんだよ︙︙。 「いまさら言い訳しないけど、私、ノアのこと、自分の力で助けたかった! うぅ、ノアぐったりしてたから、誰よりも早く助けたかったんだ︙︙」 「うん。うん︙︙。ありがとう、ヒナタちゃん」 「助けたかった、のに、危ない目にあわせてるかも、なんて、きづかなくて、私︙︙。 うああぁあぁぁぁ︙︙! ノアああぁあぁぁぁ︙︙」 「いいの。いいんだよ。ヒナタちゃん、本当にありがとう︙︙!」 ひどいと思った。 チヅルさん、言ってること正しいけど、ここまでヒナタちゃん追い詰めなくてもいいよね? 結果的に、アタシ助けてもらったんだし。結果論って言われたらそれまでだけど、そうじゃなくて。 |
言い方ってものがあるでしょ? なんで、こんなトラウマになるような仕打ちをするんだろう。
アタシはヒナタちゃんを固く抱きしめながら、ミャーさんの方を見てみる。でも、さっきまでソファに座っていたはずのミャーさんはいつの間にかいなくなっていた。リビングには泣きじゃくるヒナタちゃんと、アタシのふたりしかいなくなっていた。 ちょっと︙︙。ヒナタちゃんとふたりきりの時間をプレゼントしてくれるのはいいけど、今はそんな状態じゃないでしょ? 大事な妹が泣いてるんだよ? ミャーさん、どこ行っちゃったの? 「ごめんな、ノア︙︙」 「ヒナタちゃん。聞いて?」 「ノア︙︙?」 今はアタシしかいない。ヒナタちゃんを絶望のふちから救いだせるのは、アタシだけ。 アタシのことを見上げるヒナタちゃんの、濡れてる瞳をまっすぐに見つめながら、ゆっくり伝えた。 「チヅルさんの言ってたことは、アタシも正しいと思う。でもね?」 「うん︙︙」 「今回に限っては、ヒナタちゃんはグッジョブだった。アタシ、ヒナタちゃんに助けてもらったんだもん」 「ノア︙︙。でも」 「あの時、ヒナタちゃんがアタシの介抱してくれなかったら、今ごろアタシ、本当に救急車で運ばれてたかもしれない」 「そう、かもしれないけど︙︙」 ヒナタちゃんはアタシから目をそらすように、うつむいて床を見つめている。アタシもそうだったけど、チヅルさんの言葉はやっぱり絶対なんだ。 でも、だからこそ、ここまで影響力あるの分かってるんだったら、言い方は気をつけてほしいと心の底から思う。 それから︙︙。 「ヒナタちゃん」 「ノ︙︙ア︙︙?」 |
アタシはヒナタちゃんの両方のほっぺたをはさんで持ちあげて、アタシの顔の前まで移動する。
ぽーっとしているヒナタちゃんは悲しげな顔をしているけど、ほんの少しだけほっぺたが赤くなってるように見えた。 「︙︙アタシね、ヒナタちゃんが助けてくれて、ホントにうれしいんだ」 「︙︙本当か? 私、間違ったことしてたかもしれないのにか?」 「アタシ、うそついてるように見える?」 「ノア︙︙」 アタシのヒナタちゃんへの想いは本物だから。 チヅルさんに言われて傷ついてるヒナタちゃんを救えるのは、アタシしかいない。 ミャーさんも救えるかもしれないけど、今ここにいないし。 だから︙︙。 ちゅっ アタシはヒナタちゃんのおでこにキスをして、やさしく抱きしめた。 ヒナタちゃんのことが好き。ヒナタちゃんのことを大切にしたい。そう思ってるって、伝えたくて。 アタシは怒ってないし、感謝してるってことを、ヒナタちゃんに感じとってもらいたくて。 ヒナタちゃんは目をまんまるにしてたけど、アタシの想いを分かってくれたのか、目を閉じてアタシの背中に両手を回してくれたんだ。 ふたりきりのリビングで、アタシたちはそうやってしばらくの間、抱きしめあっていたの。 |
── intermezzo ── 「︙︙ちょっと、お母さん」 「みやこか︙︙。どうしたの?」 星野千鶴さんが自室に戻ってきてすぐ、長女の星野みやこさんも後を追うように千鶴さんのお部屋へと入られました。気の弱いみやこさんにしては珍しく、キッと睨みつけるような右目をされています。 「どうしたの、じゃないよ。あれじゃひなたがかわいそうでしょ?」 夜ということもあり、あまり大きな声を出さないようにしているのでしょう。しかしながら、その口調は普段よりも強く、感情を抑えられない様子が見て取れます。 「ひなたは、自分のできる範囲で精一杯頑張ったんだよ? 結果的にノアちゃんも助けられた。それなのに」 「みやこ」 千鶴さんは戸棚から洋酒を取り出すと、二つのグラスに少しずつ注がれました。9月に二十歳を迎えたみやこさんに片方のグラスを差し出すと、椅子に座るように促しています。みやこさんは渋々グラスを受け取り、言われた通り椅子に座ると千鶴さんと向かい合いました。 「︙︙今まではみやこにも話したことなかったことだけど、伝えておくわね」 「な、なに︙︙?」 「話したことがない、というより「話す必要がなかった」からだね。あんたはこれまで、私が言わなくても理想的な子育てをずっと手伝ってきてくれた」 「子育て︙︙? それって、ひなたのこと?」 「そう」 千鶴さんはグラスをあおり、みやこさんにも勧めます。みやこさんはまだ慣れていないのか、舌先でチロチロと舐めるような仕草をされています。 |
空になったグラスを見つめながら、千鶴さんは続けます。
「︙︙まず、ひなたのことだけどさ。私も今日のひなたはよくやったと思ってる。ノアちゃん助けるなんて、すごい子だよ」 「な︙︙。そう思ってるなら、なんで︙︙」 「でも、人の命がかかってることだからね。こういうのはやりすぎなくらい叩きこんでおかないとダメなのよ。小さいうちに」 「お母さん︙︙」 「いい? みやこ。同じように倒れていても、のぼせと脳貧血だと対処がまるで逆なのよ。のぼせてるときは冷やせばいいけど、脳貧血は温めないといけない」 「︙︙そうなの?」 「ま、これは一例だけどね。ひなたには自己判断せず周りの人に頼ることを学ばせたかったのよ」 千鶴さんはグラスをテーブルに置くと、ソファに寄りかかって禁煙パイポのようなものを咥えました。そして、愛おしそうに目の前のみやこさんを見つめます。 「︙︙私は不器用だからね。自分ひとりじゃ満足に子育てもできないのよ」 「そ、そこまでは言ってない、けど︙︙」 「いいのよ。私はいつも厳しく言う立場。恐れられるくらいがちょうどいい。みやこはいつもやさしく支える立場。それを言わなくてもやってくれてたから、ひなたはまっすぐ育ってくれているのよ」 「支える、立場︙︙」 「ありがとう、みやこ。あんたのおかげよ」 千鶴さんの言葉を受けて、みやこさんは少しだけ頬を染めながらこれまでのことを思い返しているようです。そういえば、と。お母さんに叱られて泣いてるひなたをあやしていたのはいつも自分だったな︙︙と合点のいった様子のみやこさん。千鶴さんと視線を合わせます。 「今はノアちゃんがいるからね。ひなたを支える役はノアちゃんに任せた方がいいと思ったのよ」 「あ そういえば今二人きりにさせちゃってる︙︙」 「それでいいのよ。ノアちゃんくらい強い想いがあれば、ひなたのことは任せていいと思う」 |
「うん。そうだけど︙︙。たぶん大泣きしてると思うんだけど大丈夫かな。今からでも私、行ったほうが」
「酒臭い状態で抱きつかれてもいいなら、行ってきな」 「あ︙︙。うぅ︙︙、ノアちゃん、ごめんね︙︙。ひなたのこと、お願いね︙︙」 「絆を深めるいい機会だと思うわよ。あの二人の」 ふっと、やさしいお顔になる千鶴さん。みやこさんはそれを不思議そうなお顔で眺めています。 「︙︙昼間のノアちゃんのこともそう。私よりあんたのほうがノアちゃんに近いでしょ? ひなたの時と同じで、支える役をしてもらえるだろうと踏んで、厳しいことを言ったの」 「そう、だったんだ︙︙」 「あの時、私が言ったことは本心。でも、みやこがノアちゃんにアドバイスしたことも、正しいことよ」 「ど、どうしてそれを︙︙!」 「あら、カマかけたんだけど、やっぱりそうだったのね」 「ぐぅ︙︙」 完全に一本取られた形のみやこさん。目を泳がせながらおろおろされています。一方の千鶴さんは、普段あまり見せない母親然としたお顔で、目の前のみやこさんを慈愛に満ちた目で見つめています。 「こういうことに、絶対的に正しい答えなんてないの。人の数だけ正解がある。そういう類のものよ」 「お母さん︙︙」 「私の立場からは、ああ言うしかなかったってだけ。それはあんたも分かるでしょ」 「うん。でも言い方ってものがあると思う。お母さん、追い詰めるような言い方だし︙︙」 「そこはあんたがフォローしてくれると思ったからよ。実際、見事にやってくれたじゃない」 「むー︙︙。大人ってずるい︙︙」 「あっはっは︙︙。あんたももう「こっち側」なんだから、世の中の理を知りなさいな」 |
千鶴さんは立ち上がり、グラスを片付けはじめました。みやこさんもグラスを空け、千鶴さんに手渡します。グラスを受け取った千鶴さんは、目を細め、何とも嬉しそうな表情になりました。
「︙︙ノアちゃん、いい子だね。聡明な子だよ。ひなたにはもったいないくらい」 「︙︙?」 「だからこそ、殻を破って大きくなってほしいと思う。あの子が出した結論なら、私はもうとやかく言うつもりはないよ」 「お母さん︙︙!」 「私は言うだけのことは言った。ノアちゃんもそれを受け止めて、真剣に考えた結果の行動を取るならさ。私はそれを全力で応援するだけよ」 「ありがとう、お母さん︙︙!」 千鶴さんもみやこさんも、それぞれ顔をほころばせて、互いに顔を見合わせています。 過酷な試練を与えられた天使たちをよそに、ゆるやかでたおやかな夜が星野家を包み込んでゆきました。 |
11
「︙︙︙︙︙︙︙︙」 電気の消えたまっくらなお部屋の中で。 アタシはヒナタちゃんのベッドの上でお部屋の天井を見つめながら、今日あったことをいろいろと考えていた。 今日気がついたことのなかで、一番胸に刺さったことは「周りのみんなに与える影響が、自分で思ってるより大きい」ってことだった。 アタシがしっかり考えて動かないと、周りのみんながシンパイしちゃうってこと。アタシが「それでいい!」って思ってることでも、みんなから見たらそうじゃないってこと。うっかりアタシがお風呂に入りすぎちゃったことで、のぼせちゃったし、ヒナタちゃんを泣かせることになったこと。そして、アタシがワガママを通すことで、ヒナタちゃんをカガイシャにしちゃうかもしれないってこと。 どれもこれも、アタシの行動ひとつで、周りのみんなにメイワクかけちゃうかもしれないってこと。 「︙︙︙︙︙︙︙︙」 ショックだった。特に、ヒナタちゃんをアタシのせいで泣かせちゃったのは、しばらく引きずるだろうなってくらいにはショックだった。 でも、不思議と涙は出てこなかった。今のアタシ、ちょっとドライなのかも? 「ん︙︙。 んん︙︙」 ヒナタちゃんも寝付けないのか、床に敷いたおふとんの中でもぞもぞしているのが分かる。さっき下で泣き疲れていたからすんなり眠れるかなって思っていたけど、やっぱりそううまくはいかないよね。チヅルさんにあれだけ言われたんだし︙︙。 「︙︙︙︙︙︙︙︙」 チヅルさんかぁ。今日気がついたことは他にもあって、それは「大人もカンペキじゃないのかもしれない」ってこと。 |
今日は朝からミャーさんにいろいろと助けてもらったり、支えてもらったりして、大人ってやっぱりすごいって思った。ミャーさんがすごいのかもしれないけど、「大人のミャーさんだから」すごいんだと思っていた。
でも、ヒナタちゃんがチヅルさんに叱られてた時。アタシは初めて身近な大人に対して「それは違う」ってハッキリ感じたんだ。えっと、いつものダメな時のミャーさんにも「それじゃダメでしょ!」って感じることはいっぱいあるんだけど、そういう軽いノリのとは違って今日のチヅルさんの対応は確実にオカシイと思ったんだ。アタシの反応を見ながらだったし、もっとやさしく伝えないと通じるものも通じなくなるっていうか︙︙。なんだろ、今思い返してみると、あれはわざとやってたんじゃないかなって思う。 わざと「アタシに見せつける為に」ヒナタちゃんを頭ごなしに叱っていたような。そんな風にも思えてきちゃう。 「︙︙︙︙︙︙︙︙」 もしそうだったとしたら、それは一体なんの為に? まず、ヒナタちゃんの為じゃないことは確か。下手したらトラウマになるかもしれない瀬戸際の叱り方を、いくら自分の子どもだからといってチヅルさんがするはずがないもん。ヒナタちゃんの為を第一に考えたら、チヅルさんはもっとやさしく言い聞かせるような伝え方になるはずだもん。ヒナタちゃんはカシコイから、普通に伝えれば十分理解できるもんね。それをチヅルさんが分からないはずがないし。 そうなると、次に考えられるのはミャーさんの為。あんなにいっぱい泣くほどショック受けていたら、まっさきにヒナタちゃんはミャーさんのところに飛んでいってなぐさめてもらうはず。ミャーさんもきっと慣れてると思うから、上手にヒナタちゃんをなぐさめて笑顔にさせることができるはず。うん。 でも、それがミャーさんの為になるかと言われると︙︙。ちょっと違う気がする。ミャーさんはヒナタちゃんに「姉離れして」とハッキリ言ってたし、チヅルさんもそのことは分かってるはず。いまさら、輪をかけてヒナタちゃんとミャーさんの仲を良くしようとはしないはずだよね。それに、実際一番大事なところでミャーさんいなかったし。もう、ミャーさんってば︙︙。 「︙︙︙︙︙︙︙︙」 最後に考えられるのは、アタシの為ってことになるんだけど︙︙。 |
アタシ、ヒナタちゃんが叱られて泣いてるのを見て喜ぶような子に思われてるってことなのかな。そうだとしたらすごくショック。泣きそう︙︙。
それはさすがにナイとしても。チヅルさんの、アタシに対しての笑顔やウィンクは、どういう意味だったんだろう。また考えることが増えちゃったなぁ。 ともかく、アタシの為だったとして。チヅルさんはアタシに何をしてくれようとしたんだろう。あそこまで言ったら、ヒナタちゃんは確実に泣いちゃうことは分かってただろうし、そうなると︙︙。ミャーさんもいなかったし、もしミャーさんいたとしてもアタシが一番ヒナタちゃんに近いところにいたから、アタシが泣いてるヒナタちゃんを受け止めてなぐさめる役をすることになるってことを、チヅルさんは分かっていたってこと︙︙? ううん、違う。むしろそうなるようにチヅルさんが仕向けたってことなのかも。確かに、リビングでのことがあったから、アタシとヒナタちゃんの心の距離はそれまでより縮まったように思う。あの後、落ち着いたヒナタちゃんと一緒にハミガキをしたり、お手洗い行ったりしたけど、いつものヒナタちゃんとはちょっと違って、アタシとの距離が近かったんだ。きっとさびしかったんだろうな。アタシを頼りにして寄り添ってくれるヒナタちゃん。確かにドキドキしたし、うれしかったよ? でも、でもね︙︙! 「︙︙︙︙︙︙︙︙ひどい」 ホントにひどいと思うのアタシ。「そんなことのために」ヒナタちゃんのことを苦しめて、泣かせるなんて。チヅルさん、もしそれが狙いだったとしたら、それはないよー︙︙。 なんだろ、この気持ち。胸がもやっとする。ヒナタちゃんに感じるもにょっとしたトキメキと違って、イラダチみたいなもの? ううん、もっと強い。 これは、そう︙︙怒りの感情。 アタシ、今、チヅルさんのこと、ものすごく怒ってる。自分でもびっくりするくらいに、激しいキモチ。 そうだよ。いくら親だからって、あんな風にヒナタちゃんを痛めつけていいはずがないよ。ホントありえない。あれじゃギャクタイだよ。しかもそれが、アタシの為になると思ってやったことなら、もうアタシ、チヅルさんのことゼッタイに許せない。アタシの大好きなヒナタちゃんを傷つけるなんて︙︙っ! |
昼間と同じで、アタシの小さな胸の中で激しく暗いドロドロしたキモチがぶつかり合いながらぐるぐるしてる。
苦しい、苦しいよ︙︙。ミャーさん、ミャーさん︙︙! その時、昼間ミャーさんから言われたアドバイスが浮かんだ。言われた時はよく分からなかったけど、今ならミャーさんの言いたかったことが分かる。 あの時、ミャーさんは────────。 ────ノアちゃんは、もう子どもとしては完璧だよ。ひなたなんて、とてもじゃないけどノアちゃんの真似はできないと思う──── ────︙︙──── ────だからね、ノアちゃんは次のステップに進んでいいと思うんだ──── ────次の︙︙ステップ︙︙?──── ────そう。それはね︙︙︙︙いい子をやめちゃうってこと──── ────えっ︙︙? それって、どういうことなの︙︙?──── ────お母さんの言うことも正しいけど、ノアちゃんの想いも正しいんだよ。どっちかが間違ってるってことじゃないの──── ────え? え︙︙?──── ────いい? ノアちゃん。大人と意見がぶつかること、これからいっぱい増えるよ。だからね、大人の言うことをちゃんと聞いて守れる「いい子」でいられなくなることがどうしても増えちゃうの──── ────そう、なの︙︙?──── ────これから先、どうしても大人の言うことを受け入れられなくなったら。その時は、いい子をやめちゃって、自分が信じる正しいこと、信念に沿って動いてもいいんだよ?──── ────ミャーさん︙︙︙︙──── ────あとで目一杯怒られるかもしれないけどね。あはは︙︙。でも、そうしたほうがいい場面も、これから増えてくるからね──── ────頑張ってね、ノアちゃん。私はいつでも応援してるからね──── |
ミャーさんの、アタシのことを思うキモチがうれしくて、今になって胸があったかくなってくる。ミャーさんはホントにアタシのことを一番に考えてくれてるんだって、すごくよく分かる。
でもアタシ、そんなにいい子なのかな? 確かに、お泊まりに来てるからお行儀よくしようとは思うし、姫坂家の代表というか看板というか、そういう意識はちょっぴり持ってたりする。だから、いつもより気を遣ってカワイイ子でいようって考えてはいたけど︙︙。 んん、ちょっと待って。ミャーさんはもっと大きな意味で言ってたのかも。いい子っていうのが、さっき気づいたような「みんなにシンパイさせたりメイワクかけたりしない、ワガママ通してヒナタちゃんをカガイシャにしないアタシ」ってことを指すなら︙︙︙︙。 ︙︙︙︙そっか。そういうのを全部意識の外に追い出しちゃって、アタシが今ホントにしたいことをする。すごく怒られるだろうけど、そんなことも恐れない。そう思えるくらい大事なことなら、自分の信じることを、信念を押し通すって選択もありってことを言いたいんだよね? ねぇ、ミャーさん︙︙! それに気がついたとき────。 さっきまで胸の中に渦巻いていた暗くてドロドロしたものは、アタシの中でぎゅうぎゅうに押しつぶされて、まっしろな光を放つ結晶になっていた。 これが、アタシの本当のキモチ。 ヒナタちゃんを想う。ただそれだけの、ピュアなキモチ。 「︙︙︙︙ありがとう、ミャーさん︙︙︙︙」 「んん︙︙。ノア︙︙?」 世界一カワイイ声で呼ばれて。 ヒナタちゃんは眠そうに目をこすりながら、おふとんの上に座り込んでアタシのことを見上げてくれた。 「︙︙ヒナタちゃん︙︙」 「ノア︙︙」 アタシはベッドからゆっくりと降りて、ヒナタちゃんのおふとんに座りこむ。目はヒナタちゃんに合わせたままで。ヒナタちゃんはその大きな目をパチクリしていたけど、アタシが近づいていくと暗いお部屋の中でも分かるくらいほっぺたが赤くなった。 |
ヒナタちゃんの瞳がうるんできて、熱っぽくなってきたのが分かるくらい近づいたとき。アタシはまるでそれが当たり前のようにヒナタちゃんの両方のほっぺたを両手でやさしくはさんで、ゆっくり動かしていた。
そう。昼間できなかった「わしゃわしゃ」を、ヒナタちゃんにしてみたんだ。 「ん、んん︙︙。ノ、ノアぁ︙︙」 ヒナタちゃん嫌がるかな? って思ったけど、ちょっとだけくすぐったそうにしながら、でもおとなしくわしゃわしゃさせてくれた。アタシが手を離すと、ちょっと名残惜しそうにせつなそうな顔をしていた。気持ちよかったのかな? そうならうれしいな︙︙。 「ヒナタちゃん」 「ノア︙︙。 ん︙︙」 そのままアタシは、両腕をヒナタちゃんの首の後ろに回して、ゆっくりと抱きつくような形になった。そのまま近づいて、アタシの左のほっぺたをヒナタちゃんの左のほっぺたにぴったりくっつける。10秒くらいそのままにして、反対側のほっぺたも同じようにぴったりと。ヒナタちゃんはもう、お風呂のときみたいに逃げたりしないで、アタシの好きなようにさせてくれていた。それどころか、ヒナタちゃんもアタシの背中に両腕を回してくれて、ほっぺただけじゃなくて胸から上がぴったりくっつくような形になっていた。ほっぺたもすごく熱くなっていて、いつもの太陽のようなヒナタちゃんのいいにおいも濃く感じる。それに、ヒナタちゃんのやわらかい胸の向こう側から、すごく強いドキドキもいっぱい伝わってきていた。 でも、アタシは意外と冷静だった。ヒナタちゃんが受け入れてくれたことがすごくうれしくて、天にも昇るようなキモチなんだけど︙︙。きっと、それ以上にアタシの背中を押す固い決意が上回っていたんだと思う。 「︙︙ヒナタ、ちゃん︙︙」 「ん︙︙。ノア︙︙」 さっきから名前しか呼び合ってないけど、でも、それでもお互いにどうしたいのかはしっかり通じているように思えた。 ほっぺたを離して、アタシはヒナタちゃんの両肩に両手を乗せる。 |
そのままゆっくりと、ホントにゆっくりとヒナタちゃんに近づいていって────。
こつ︙︙ん︙︙ 実際には音はしなかったと思うけどネ。ヒナタちゃんのおでこに、アタシのおでこをくっつける。 アタシのキモチ、ちゃんと伝わりますように。 コトバにするときっとこぼれおちて届かないキモチまで、すべて。 ヒナタちゃん、大好きだよ。 愛しているの。 宇宙一好き。 そんなキモチを、まるでヒナタちゃんの熱っぽいおでこにテレパシーでも送るようにアタシの中で高めて、さっきのまっしろな結晶に注ぎ込んでいったら────。 いつの間にか、閉じていたアタシの目から熱くてピュアな涙が流れ出ていた。でも、それはぜんぜん嫌な涙じゃなくて、むしろヒナタちゃんを想うキモチが完成した証みたいな︙︙そんな満ち足りた涙だった。 「ありがとうな、ノア︙︙」 ヒナタちゃんはそれだけ言うと、アタシのほっぺたを伝う涙をやさしく拭ってくれた。そして、ヒナタちゃんはその熱っぽくうるんだ瞳を閉じて、アタシのことをやさしく抱きしめてくれたの。 ああ、今やっと、ヒナタちゃんと想いが通じ合ったんだ︙︙! そう確信したアタシは、あふれてきた涙を流れるままにしてヒナタちゃんのあったかい抱擁に身をまかせることにした。 「ヒナタ、ちゃん︙︙。アタシも、ありがとう︙︙!」 ふたりきりの、夜のしじまの中で。 アタシたちはお互いのぬくもりを感じながら、深い眠りにいざなわれていったんだ。 |
エピローグ
「────お、うまくやったみたいね。私は下降りてるわね」 「うん。大丈夫そうだから私も」 誰かが話してる声で目が覚めて。 誰だろう? と思って周りを見回そうとしたけど、またアタシは体を動かせなかった。 ああ︙︙。やっぱりまたダメだったんだネ︙︙。ヒナタちゃんの寝相はテゴワイからなぁ。うんうん︙︙ってとこまで考えてよく見てみると、目の前にヒナタちゃんの天使のような寝顔があった。 「︙︙︙︙︙︙︙︙︙︙︙︙えっ?」 寝起きで頭が回ってないけど、よく状況を確認してみると︙︙。 アタシはヒナタちゃんにやさしく抱きつかれていて、アタシもヒナタちゃんのことを抱き締めていた。これは、そう。昨日の夜ヒナタちゃんにやさしく押し倒されながらおふとんにもぐりこんだ、そのままの体勢。 あー、それで体が動かなかったんだネ。なるほどなるほどー︙︙︙︙じゃなくって! 「え︙︙︙︙。アタシ、もしかして︙︙︙︙」 手と足と、その他動かせるところは動かしてみる。うん、どこも痛くない。それじゃあ、やっぱり────。 「やった︙︙! やったぁぁあああああ~~~ω」 ついにアタシ! ヒナタちゃんと朝まで一緒に! 安らかに! 普通に寝ることができたんだ! うれしい~~!! あんまりにもうれしくて、涙を流しながらアタシはヒナタちゃんに抱きついた。 「やったよー、ヒナタちゃん!」 「んん、ノア︙︙。やさしく︙︙して︙︙な︙︙」 「んもー、なに寝ぼけてるのヒナタちゃん! 朝だよー!」 |
ちゅっ アタシは勢いでヒナタちゃんのほっぺたにおはようのキスをする。ヒナタちゃんは半分寝ていたけど、キスをしたら急にほっぺたが真っ赤になって、すごく熱くなった。 うんうん。しっかり目が覚めたみたい。 「お、おおー。ノア、おはよう!」 「ヒナタちゃん、おはよー!」 「んん、その︙︙。へへ︙︙」 「あ︙︙。えへへ︙︙」 ヒナタちゃんは恥ずかしそうなお顔で、ちょっとだけ目をそらして頭をかいている。アタシも、ほっぺたとおでこをくっつけた昨日の夜のことを思い出して、ちょっぴり赤くなっちゃう。えへへ︙︙。 アタシたちは手を取り合って立ちあがって、軽く身だしなみを整えると一階に降りて順番に顔を洗う。うん。目にクマもなくてカンペキなアタシが鏡の中にいた。 そしてリビングでチヅルさんとミャーさんにおはようのご挨拶をする。ヒナタちゃんはアタシの後ろからついてくるような感じだった。 「お、起きたかい。おはよう、お二人さん」 「おはよー。よく眠れた?」 「おはようございます。バッチリだよー☆」 「う︙︙。お、お母さん。あのな︙︙」 アタシの後ろに居るヒナタちゃんは、アタシのパジャマの裾を引っ張りながら、ちょっと怯えてるように見えた。そりゃそうだよね。昨日の夜、あんなことをチヅルさんに言われたんだもん。いくら元気なヒナタちゃんだって、普通じゃいられないよね。 でもヒナタちゃんは意を決したようにアタシの前に出ると、チヅルさんと目を合わせてこう言ったんだ。 |
「お母さん、昨日はごめんなさい。今度からちゃんと、お母さんやみゃー姉を先に呼ぶようにする。自分だけでなんとかするのは危ないって分かったから」
「︙︙そうね。命のかかってることだから、分かってもらえて私も嬉しいわ」 「みゃー姉もごめんな」 「ひなた︙︙」 親子の会話を聞いて、姉妹のやり取りを聞いて。アタシは昨日のことをありありと思い出していた。 ミャーさんがまゆの下がったお顔をしながらヒナタちゃんのことをなぐさめているのを見つめていたとき。ミャーさんがアタシのことを一目見て、顔が引きつったのが見えた。アタシ、やっぱり考えてること隠せないみたい。顔に出ちゃってるんだろうな。 ごめんネ、ミャーさん。アタシが言っちゃイケナイことかもしれないけど、言わせてもらうね。 「チヅルさん」 「ん? ノアちゃん?」 アタシはチヅルさんをキッと見据えてタンカを切った。今、この瞬間しか言えないことだと思ったから。 「アタシ、チヅルさんのこと尊敬してます。ヒナタちゃんがこんなにいい子なのも、チヅルさんの育て方がいいからだと思ってます」 「ノア︙︙?」 「ノアちゃん︙︙」 「︙︙︙︙」 ヒナタちゃんはキョトンとしていて、ミャーさんは心配そうな顔をしていて。 チヅルさんは昨日と同じ真剣な顔をしていた。 アタシはきっとすごく怖い顔をしているんだと思う。でも、いいの。アタシはカワイサとか姫坂家の代表とかお泊まりさせてもらった立場とか、そういうの全部カナグリ捨てて、ただただヒナタちゃんの為だけに伝えたんだ。 |
「でも、昨日のヒナタちゃんへのタシナメ方はナイと思う」
「︙︙︙︙」 「昨日、チヅルさんに言われてから、ヒナタちゃんがどれだけ苦しんだか分かりますか?」 「︙︙︙︙」 「命がかかってることなのは分かります。だからこそ、頭ごなしじゃなくて、ヒナタちゃんにとってもっと効果のある伝え方をすべきだと思うの」 「︙︙︙︙」 ヒナタちゃんとミャーさんがおろおろしているのが分かる。ふたりとも、ごめんネ。 チヅルさんは表情ひとつ変えず、アタシの言葉を受け止めてくれていた。 「シシを蹴落とすのもいいけど、加減を考えてください。ヒナタちゃんにとって、チヅルさんの言葉は絶対なの。自分の影響力を、周りに与える影響を、考えてください」 アタシはそこまで伝えて、チヅルさんをまっすぐ見つめる。 昨日の夜に感じた「怒りの感情」はまだ残ってるけど、それに流されちゃうほど大きなものではなくなっていた。 アタシは言うだけのことは言ったから。あとはチヅルさんの反応を見て、アタシのほうからごめんなさいしないと。 ヒナタちゃんのおうちの教育方針に、お隣とはいえ「よその子」のアタシが文句言ったんだもん。最低でもチヅルさんに頭を下げて謝って────。 と思った時。チヅルさんは少しだけ目を閉じると、アタシのところまで歩いてきた。 そして────。 「ごめんなさい。私も昨日は言い過ぎたと反省してます」 そう言って、チヅルさんはアタシに頭を下げてきたの。 え︙︙。ちょっと、そんな。一家のオサがアタシみたいな子どもにそんなことしちゃダメでしょ? ミャーさんはよくアタシたちに土下座してるけど。 さすがにアタシもおろおろして、どうしたらいいのか分からなくなっちゃう。まさかこんな展開になるなんて。だって、あのチヅルさんだよ? |
アタシの混乱をよそに、チヅルさんは頭を上げると今度はヒナタちゃんに謝っていた。
「ひなたもごめんなさい。強く言わないと繰り返すと思って、必要以上に傷つけてしまったわね」 「そ、そんなことないぞ。私は大丈夫だぞ。 ︙︙本当は昨日、すごく怖かったけどな︙︙。でも、ノアがいてくれたから平気だったぞ」 「そう。ノアちゃん、ひなたのこと、ありがとう」 チヅルさんは笑顔でアタシの頭をなでてくれた。謝られた人に、感謝されて。アタシの感情がぜんぜん追いつかなくなっていた。 そのままチヅルさんが少しかがんでアタシの耳元でささやいてきたから、状況を整理することもできなくて。 「︙︙頑張ったわね。おめでとう」 「︙︙えっ︙︙?」 「大人も間違えるの。大人の言うことが絶対ではないと気づけたノアちゃんは、ひとつ成長したわね」 「そ、それは︙︙ミャーさんが︙︙」 「そう。あなたの周りには、あなたの成長を心待ちにしている大人が沢山いるの。子どもは宝だからね」 「︙︙︙︙」 「時には悪者になってでも導く。それが大人の役目なのよ」 「そん、な︙︙。それじゃ、もしかして︙︙」 もしかして、チヅルさん︙︙。アタシがチヅルさんのことを怒るって分かってたの? 分かってたっていうか、あれ? 今の話だと︙︙。 ヒナタちゃんを傷つけたらアタシが怒るだろうって分かってて、大人の言うことも絶対じゃないと気づくと分かってて、ミャーさんのアドバイスも承知の上で︙︙。 ちょっと、ちょっとチヅルさん、それホントなの? それじゃ、アタシ︙︙。 「も、もぉ~~~! なん︙︙ なんなの︙︙ぐすっ もぉ~~~~~~~!!」 「おお、なんだノア。踊ってんのか?」 「踊ってるの! というか、踊らされてたの!」 |
なんにも知らないヒナタちゃん。んもー、カワイイからいいけど!
ヒナタちゃんの手を取って、アタシはリビングで踊りだす。こぼれる涙をごまかす為に。ヒナタちゃんもうれしそうにしてくれてるから、ま、いっか! アタシ、ひとりでチヅルさんのテノヒラの上で踊ってたんだね。もう、ホント恥ずかしい︙︙︙︙。 でも、チヅルさんもミャーさんも、アタシたちを見てほほえんでくれている。その顔はホントにアタシたちを祝福してくれてるように見えて。 なんだ。アタシが気づいていなかっただけで、アタシの周りにはこんなにも愛があふれていたんだね。今回のことで、そのことに気づけたのは確かに結果オーライってとこだけど︙︙。もう、アタシ、これからチヅルさんにどういう顔で会えばいいの? 「さ、朝ごはんにしよう。みやこの特製よ」 「うん。あったかいうちに食べてほしいな」 「おお、みゃー姉のごはんだ!」 「チ、チヅルさん! あと、ミャーさんも!」 呼ばれたふたりがこっちを見てくれて。アタシはふたりに向かって頭を下げる。これはアタシのケジメ。今回のことのごめんなさいと、ありがとうを込めて。 「アタシが口出ししちゃイケナイことを言っちゃって、ごめんなさい!」 「あと、昨日からのこと、ホントにありがとうございます」 そばにいたチヅルさんが、もう一度アタシの頭をなでてくれて。 頭を上げてみると、すごくうれしそうな顔をしたチヅルさんとミャーさんが見えて。ふたりとも力強くアタシにうなずいてくれたんだ。 「よかったね、ノアちゃん。私もすごく嬉しいよ」 「ノアちゃんは聡い子だね。うちのひなたのこと、これからも頼んだよ」 そんなうれしいことを言ってもらえて。 涙があふれそうになるのをこらえて、アタシはサイッキョーにカワイイ笑顔でふたりに伝えたんだ。 |
「︙︙はい! よろしくお願いします!」 ────────────────────────── ── ── ── 熾天使になるために 完結 ── ── ── ────────────────────────── |
おまけ。
「えへへ、今日はみゃー姉とひさしぶりに一緒に寝られるな!」 「久しぶりって、三日前も寝てあげたでしょー?」 ひとつ成長された乃愛さんが意気揚々とご自宅にお戻りになった日の夜のこと。ひなたさんはみやこさんのお部屋のベッドにいち早く入り込み、一緒に寝てもらえる喜びを全身で表わしていました。 「それにしても︙︙。ノアちゃんはどうやってひなたをおとなしくさせたんだろう。企業秘密とか言ってたけど︙︙」 「みゃー姉?」 「ひなた。昨日の夜だけど、ノアちゃんと寝る前に何か特別なことしたの?」 「昨日の夜か? んー。ちょっと恥ずかしいんだけど︙︙」 ひなたさんは頬を染めながら、身振り手振りを加えて昨夜の状況を詳しくみやこさんに伝えました。それを聞いたみやこさんもお顔がほんのりと赤くなっているように見えます。 「ノアちゃん︙︙。本気だね︙︙」 みやこさんはひなたさんと向かい合って床に座り込み、ひなたさんから聞いた話の通りのことをしてみました。ひなたさんの両頬に自らの頬をつけ、額をくっつけます。ひなたさんはくすぐったそうにしていましたが、大好きなみやこさんとの距離が普段よりも近いからでしょうか。とても嬉しそうに見えます。 「みゃー姉! ありがと!」 「うーん。これで本当に大丈夫なのかなぁ︙︙」 自室の明かりを消し、ひなたさんの待つベッドに潜り込むみやこさん。乃愛さんの見つけた手法に一縷の望みを懸けて、ひなたさんに寄り添います。 |
「おやすみ、ひなた」
「おやすみゃー︙︙」 「混ざってる混ざってる」 寝つきの良いひなたさんに苦笑いのみやこさん。かわいい妹のあどけない寝顔は、やはり何物にも代えがたいものなのでしょう。 「︙︙それにしても、ノアちゃんすごいな︙︙。私が小学生のころ、あんなこと絶対できなかったもんな︙︙」 今朝の乃愛さんを思い出すみやこさん。その勇姿は、とても小学生のそれとは思えない強い意志に裏付けられたものでした。 「ん︙︙。でも、これからも仲良くやれそうで、よかった︙︙な︙︙」 あたたかいひなたさんを感じて、まどろむみやこさん。 ひなたさんと密着したまま、夢の世界へと吸い込まれてゆくのでした。 |
ゴッ! 「ぐぅうっ︙︙! いった~~︙︙!」 ずるっ どさぁ︙︙ 「もー、ノアちゃんは大丈夫だったのに、なんでなのーーーーー!?」 ちゃんちゃん♪ |
あとがき
「熾天使になるために」に関する雑記となります。
執筆時に留意した事項などをまとめております。
───────────────────────── ── あとがき・解説・よもやま話など ── ───────────────────────── ここまでお読みいただきまして、感謝いたします。前作の「わたてにんぐ☆オペラ」ほどではありませんが、かなりのボリュームとなりました。今回は登場人物を絞り込み、乃愛さんの一人称小説をメインとした為、かなり濃厚なひなノア(ノアひな)を感じていただけたのではないかと思います。 本作は昨年9月から今年の1月にかけて執筆したものになります。本作で取り扱っております「ひなたさんの寝相に苦しめられる乃愛さん」というテーマは、昨年10月に発行されました8巻の第66話において本格的にフィーチャーされていましたが、本作の構想自体はアニメの「第7話 みゃー姉が何いってるかわかんない」および「第9話 私が寝るまでいてくださいね」を視聴した時から練っておりました。 個人的なお話となりますが、過去に執筆しましたひだまりスケッチの二次創作小説において、なずなさんの寝相の悪さに乃莉さんが苦戦するシチュエーションをいくつも書いておりました。わたてん! におきましても、天使のような元気っ子であるひなたさんの寝相が壊滅的に悪く、みやこさんや乃愛さんが苦労する様を見まして非常に近しいものがあると感じました。 この「本人に悪気はないものの、周りの人が大変苦労する寝相の悪さ」というテーマは非常に葛藤を生みやすいテーマだと捉えております。何故なら、ご本人の意志では解決のしようのない問題だからです。先のなずなさんの例では、原作の中に解決の糸口が提示されていないことから、相方の乃莉さんは「そのなずなさんへの愛をもってして受け入れる」という諦めの境地しか導き出せませんでした。しかしながら、わたてん! のひなたさんにおいては作品中に「おとなしく寝る時の条件」が提示されており、それはすなわち「風邪を引いたり体調を崩している時」「限界まで疲れきっている時」というものですが、これをうまく応用することで乃愛さんの悲願である「ヒナタちゃんと一緒に朝までフツウに寝たい」というものが叶えられるのではないか、と考えました。 乃愛さんは常に不憫なポジションにいることから、可能性があるならばこの悲願を達成させてあげたいといつも考えておりました。また、みやこさんにべったりのひなたさんに、ごく仄かであっても「乃愛さんへの恋心」を芽生えさせた上でハッピーエンドにしたい、とも考えておりました。 この二つの命題をいちどきに解決するにはどうするか。考えに考えた末、次のようなロジックをひねり出しました。 |
「乃愛さんの深い愛に裏付けられた地道で実直なひなたさんへのアタックを経て、ひなたさんに乃愛さんへの恋愛意識を自覚させ、恋心による心拍・血流の増加からくる自然発熱(いわゆる「お熱」)を体調不良による発熱とひなたさんの身体に「勘違いさせる」ことにより就寝時におとなしくなってもらう」 長いですね。ただ、このロジックであればひなたさんにすら制御できない就寝時の寝相も風邪などを引かせることなく平和裏に解決できますし、無自覚かもしれませんがひなたさんの中で「乃愛さんへの恋心」があって初めて成り立つものであり、その結果、乃愛さんは朝までひなたさんとの添い寝を安全にすることができます。私を含め、乃愛さん(ひなノア、ノアひな)を応援しているファンにとってある種理想の形なのではないかと思います。 ここまで構想がまとまれば、あとは次のようなテーマを取りこみながら執筆を進めるだけでした。四ヶ月もかかりましたのは年末年始を挟んでお仕事が忙しかったことが主な理由となります。 ■各種ポイントとなるテーマ(モチーフ) ・タイトルの「熾天使」 ・「打倒ミャーさん!」から「頼れるお姉さん」への転換 ・原作準拠のひなたさんが乃愛さんに対して恋心を抱くまでの過程 ・子育てにおける「母親役」「父親役」 ※以降、文章量が多い割に蛇足感の強い記載となっております。「ああ、そこに留意したんだな」「そういうことを書きたかったんだな」と感じていただけますと幸いです。 |
・タイトルの「熾天使」
これは前作「わたてにんぐ☆オペラ」においても言及しました通り、「上位天使(アークエンジェルまたはセラフ)」の意味で使っております。前作では花さんたち天使の、更に上位の天使という意味合いでみやこさんのことを指す言葉として。今作では迷える天使である乃愛さんが、子どもの殻を破って一段階成長することにより到達する上位天使(成長後の姿)を指す言葉として使っております。 |
・「打倒ミャーさん!」から「頼れるお姉さん」への転換
ひなノア界隈(と言ってよいのでしょうか)においては、みやこさんのことはよく「乃愛さんの恋路を邪魔する存在」として描かれることがあるようです。実質的な想いのベクトルを考えますと乃愛さん→ひなたさん→みやこさんですので、直接的に立ち塞がる障壁ではないにしろ確かに乃愛さんにとってみやこさんは「ひなたさんからの想いを奪い合うライバル」ということになり得ます。 実際、前回の「グラン・マルニエシロップ」では、乃愛さんにとって「ひなたさんにキスをしたみやこさん」は「恋のライバル」と認定され得る存在です。小学校就学前のできごとであり、姉からのほっぺたへのキスであったとしても、普段のひなたさんからみやこさんへの強固な執着を目にしている乃愛さんは冷静ではいられなかった︙︙という体で描きました。「グラン・マルニエシロップ」での乃愛さんには「ひなたさんにキスをした人物」という認知バイアスをみやこさんに対して意図的にかけることで、弾みをつけたと言いますか、乙女のプライドを発揮していただいてひなたさんにキスをする動機づけとして用いました。 しかしながら、よくよく考えてみますと本作での乃愛さんが作中で気づいたように「みやこさんはひなたさんを取り合うライバルにはなり得ない」ことに気付きます。みやこさんは「姉離れしてほしい」と公言していますので、みやこさんの本心としてもひなたさんが乃愛さんに関心を抱き、自分から距離を取ってくれると助かると考えている節があります。とはいえ、原作6巻の第51話にありますように実際ひなたさんがみやこさんと距離を置こうとすると「反抗期だ」と感じて寂しくなっていることから、ひなたさんのことを完全に切り捨ててよしとする訳でもなさそうですので、あくまで「かわいい妹に普通の距離感でそばに居てほしい」という感情であろうとは思います。 ともあれ、ひなたさんが恒常的にべったりしているみやこさんに対し乃愛さんが「ミャーさんめぇ~~!」と闘志を燃やしたり憎悪を募らせるのはお門違いと言えるでしょう。乃愛さんが尽力すべきは「ひなたさんの強い想いのベクトルを自分に向けさせること」であり、本作の乃愛さんはそのことに自力で気づく描写をいれることで「年齢不相応の賢さ」を表現してみました。 本作ではみやこさんから直接的に手を差し伸べられたり、アドバイスを受けたりという手厚いサポートが続きます。孤軍奮闘のイメージの強い乃愛さんですが、身近な大人からの愛に満ち溢れた環境に身を置いていることを分かりやすく表現したかった為であり、いざというときには「自然とみやこさんに助けを求める乃愛さん」を描くことで、乃愛さんの中で完全にみやこさんへの仲間意識が根付いたことを表現しようとしました。 個人的にですが、乃愛さんとみやこさんは将来的にそれぞれの恋の相談(乃愛さんはひなたさんとの、みやこさんは花さんとの)を親身になってできる対等な存在になってもらえたら幸福であろうと考えています。 |
・原作準拠のひなたさんが乃愛さんに対して恋心を抱くまでの過程
ひなたさんは難聴系主人公とまでは申しませんが、恋愛に関してはそれに準ずるレベルでの鈍感さをお持ちです(小学生ですのでそのくらいが普通かと思いますけども)。キャラクターソングの「みゃー姉!!」を聞く限りみやこさんに対する有り余る愛でご自身の内面が手一杯なのだろうと推測できますが、このことにより気づいてもらえない乃愛さんの不憫さがより際立つ為、平和な物語上のアクセントとして取り沙汰されているように感じます。 乃愛さんもひなたさんに「かわいい」と言ってもらいたいという願望を持っており、原作やアニメにおける乃愛さんは、ひなたさんが自分のことをどう思っているのか(カワイイと思っているかどうか)を幾度となく聞き出そうとしています。そして、ひなたさんから「かわいいぞ!」という回答を得ることでその場は満足されているようです。 原作単行本から例を挙げますと次のようなシーンです。 「どう? カワイイ?」「おう ちょーかわいい」 原作2巻 第16話 「じゃーん どうどう?」「かわいいな 似合ってるぞ!」 原作4巻 第30話 「ねっ かわいい?」「おう かわいいぞ」 原作4巻 第33話 「じゃーん♪ どう? かわいいでしょー」「かわいいぞ ノア!」「ゴッドでしょ!」 原作5巻 第42話 「ちなみにアタシとどっちがかわいい?」「ん?」 原作7巻 第55話 「それで︙ どう?」「おう! さすがノア なに着てもかわいいな!」 原作7巻 第58話 「お花よりかわいくてきれいでしょ?」「おーノア かわいいぞ!」 原作8巻 第68話 「ノアの方が似合っててかわいいぞ だからノアが世界一だな」「ひ ヒナタちゃん︙」 原作8巻 第68話 最後の例は、乃愛さんから問われることなくひなたさんからの自発的な発言ということで別枠扱いになるのですが、ともあれ乃愛さんはひなたさんに「かわいい」と言ってもらいたいという想いが全編通してにじみ出ていることが分かります。「カワイイ」に価値観の大半を割り当てている乃愛さんですので、「カワイイと言ってもらいたい相手」は即ち自分の大好きな人であり、「カワイイと言ってもらうこと」は即ち大好きだと言ってもらうことと同義なのかもしれません。ステレオタイプの「面倒くさい彼女」にありがちな「好きって100回言って」は、乃愛さんの場合「あと100回かわいいって言うまではなさない」に変換されていました(原作1巻 107ページ、アニメ第3話 刷り込み)ので、ひなたさんにカワイイと言ってもらうことはつまりそういうことなのだろうと捉えております。 |
原作準拠では未だにお二人の関係性はここ止まりですが、過去のバレンタインデーでひなたさんにチョコを渡していた相手を乃愛さんが知りたがったり(原作6巻 129ページ)、乃愛さんがひなたさんのコーディネートをした際にみやこさんのようにハァハァと息巻きながらお写真を撮りまくるといった描写があります(原作7巻 21ページ、原作8巻 裏表紙)ので、乃愛さんからひなたさんへの感情は「みやこさんから花さんへの感情」とニアリーイコールであると捉えてよいのではないかと感じました。恐らくですが、【星野みやこに変身コスプレセット】という呪われたアイテムを装着し、数日間全身でひなたさんからの愛を受け止めた経験が引き金になったのではないかと推測しています。
乃愛さんがひなたさんとの関係性を恋愛として進展させたいのであれば、ひなたさんからの行動を期待して待っているだけではそれこそ一生かかっても成就しないのではないかと思えます。原作8巻時点では今のところ関係性の進展はほぼ見られない(先の最後の例では若干ひなたさん側に変化があるように見えますが、それでも「みゃー姉が宇宙一」という)状況ですので、ここは二次創作の可能性ということで後押しをしたいと考えました。 乃愛さんがアタックをしようとする際に、一番の障壁となるのは「それ以上踏みこむのはハズカシイ」「(もしフラレたら)カワイイアタシじゃなくなっちゃう」という恐れでしょう。その為、まずはそのような障壁となり得る感情を取り払うシチュエーションを用意しようと考えました。その試みを各章を追って解説いたします。 【06】 06の前半時点では、まだ乃愛さんとしては「おかえりと言ってもらえて胸がもにょっとする」「荷物持ってくれるヒナタちゃんにキュンとする」といった原作準拠の感受性です。それが06後半になるとひなたさんから「別々に寝よう」と提案され、一転シリアス路線に入ります。そして、自分でも驚きながらもお互いに「大好き」と伝えあうシーンに。乃愛さんは真っ赤になりましたが、ひなたさんはいつもの調子で「ありがとな!」と。まだこの時点ではひなたさんは乃愛さんのことを「恋愛対象として意識していない」ことが分かります。 【07】 そして、07での千鶴さんとの対面。乃愛さんとしては添い寝を決定的に禁止され、何ひとつ反論できず完封されてしまうという本作において最大のショックを受けるシーンです。みやこさんに慰められ、(この時点では理解していませんが)アドバイスももらい、ひなたさんのお部屋にとぼとぼと戻ります。 |
【08】
08の冒頭から乃愛さんはひなたさんを抱きしめています。それこそ、ひなたさんがびくっとするくらいの勢いで。千鶴さんに厳しく言われ、みやこさんに慰められ、自室で小さくなっているひなたさんを目撃して。乃愛さんの自責の念から感情の箍が外れ、普段感じている「恥ずかしさ」や「関係瓦解の恐怖」といったものが消え失せた状況となっています。 その後も乃愛さんとしては無自覚無意識の行動ですが、「ひなたさんのおでこにおでこをくっつける」「少し離れてくるんとひとまわりしウィンクする」「ひなたさんの目の前で下着姿となる」「互いの普段着を着せ合う」「無意識に抱きよせて二人の写真を撮る」「ひなたさんにわしゃわしゃをしようと迫る」といった、傍から見れば怒涛のアタックが続きます。 この08の時点で、乃愛さんの障壁となる感情は消え失せました。以降は乃愛さんの行動を受けて原作準拠のひなたさんがどのように変容していったのかを辿ってみたいと思います。 【09】 09においても乃愛さんの積極的なアタックは続きます。乃愛さんとしては08同様「そのつもりは特にない」のですが、傍からはひなたさんを落としにかかっているように見えるシチュエーションが続きます。この「お風呂でひなたさんにまたがり、わしゃわしゃしようとする」仕草は両頬に手を添える形になりますので、される側の人からすれば「キスされそう」と捉えてもおかしくありません。実際、09のラストではひなたさんはそう勘違いして、脱兎の如くお風呂場から逃げてしまうのでした。 「そのつもりは特にない」というのは、乃愛さんの一人称で記載していますのでご理解いただけると思いますが、ひなたさんを抱きしめたのは「ごめんね」という感情から。おでこをくっつけたのは「より考えが伝わるように」。ウィンクは「アタシは元気」と伝える為。目の前でのお着替えは「ま、いっか☆」という感覚。普段着の交換は「新鮮なコーディネートだから」。抱きよせたのはそれこそ「無自覚無意識に」。わしゃわしゃは「互いの役割交換の象徴として」の行為でした。 つまり、乃愛さんとしてはどれもが「ひなたさんを誘惑しようとしてやっていることではない」ので、「積極的なアタック」と評するのは失礼かもしれません。乃愛さんは自分の持つ考えと感情に忠実に、かつひなたさんのことを第一に考えてひたむきに行動しただけです。ただ、そのことでひなたさんとしては結果的に大きな衝撃を受けることになったのです。 これにはさすがの難聴系主人公(失礼)のひなたさんも動揺を隠せないようで、最後の方は逃げてしまいました。 |
【10】
10において、ひなたさんには大変申し訳なかったのですが躾の一環として千鶴さんに叱られるシーンを入れました。お母さんから厳しく言われ、みゃー姉もいない。その状況において、ようやく「自分に好意を寄せてくれている存在=乃愛さん」に甘える、頼る、なぐさめてもらうという、ひなたさんにとってはエポックメイキングとなり得る感情の転換が起きます。前述のように「ノアは私のこと好きなんだ」と理解しているからこそ生まれた行動ですので、ひなたさんも乃愛さんの想いをこの時点で理解し、受け入れたことになります。 06から10までと、原作準拠の関係性のお二人から、二次創作として描こうとするシチュエーションを生みだすまでにはかなりの積み重ねが必要でした。この辺り、もう少し一足飛びに甘い関係性を作り出せるといいのですが、まだまだ自分の文章力が足りていないと自覚しました。引き続き精進いたします。 |
・子育てにおける「母親役」「父親役」
掲題の件に触れる前に、わたてん! における各家庭の「お父様」をはじめとして家族構成はどうなっているのかを見てみましょう。それぞれの家庭において判明していることを整理してみたいと思います。 【姫坂家】 明確にお父様の存在および反応が出ているのは姫坂家のみとなります。 第1巻84ページに「パパもママも友だちも」という乃愛さんのセリフあり。これはアニメでも言及あり。 第2巻162ページに「雑誌見てほしいのあったらパパに 買って❤ ってやると買ってくれる」という乃愛さんのセリフあり。 第7巻78ページに「アタシに1番似合うカワイイのが欲しいの! でもママもパパも買ってくれない!」という乃愛さんのセリフあり。 【白咲家】 白咲家では花さんのお父様についての言及はありませんが、花さんのお婆様については3回ほど言及がありました。 第4巻61ページに「私も土日は家族でおばあちゃんのところ行くから行けない」という花さんのセリフあり。 →このセリフにより、お婆様はご存命であることが分かります。 第6巻84ページに「おばあちゃんが教えてくれただけだから」という花さんのセリフあり。 第7巻105ページに「おばあちゃんからもらったものだから」という花さんのセリフあり。 また、花さんが一人っ子であることも明言されています。 第1巻41ページに「でもお姉ちゃんがいるのはいいな︙ 私一人っ子だし」という花さんのセリフあり。これはアニメでも言及あり。 第3巻152ページに「私一人っ子だから姉妹のそういうのに少し憧れます」という花さんのセリフあり。これはアニメでも言及あり。 【星野家】 星野家では千鶴さん、みやこさん、ひなたさん以外の家族構成については「お父さん」という言及が一度だけありました。 第1巻の75ページに「お父さんとお母さんもまだ仕事から帰って来ない」というみやこさんのセリフあり。 アニメでは一切言及なし。 |
その後は一切話題にも出ませんし存在を匂わせるようなものも一切ありません。その為、星野家についてはこの第1巻の記載は「誤植」と考え、千鶴さんはシングルマザーとして仕事をしながら二人の娘を育て上げている。という設定にて本作を執筆しております。なお、このことは作中の乃愛さんも認識しており、エピローグにて千鶴さんのことを「一家のオサ」と表現しています。
(補足ですが、第3巻の巻末にキャラクタープロフィールが載っていまして、椋木ななつ先生はそこで「今考えたのもいくつかあるけど」とお書きになっています。これは恐らくアニメ化決定に伴い乃愛さんのフルネームについてなどの細かな設定を固めたということだと思うのですが、つまりは第3巻辺りまでは各種設定がやわらかい状態でお作りになっていたのではないかと考えられます。その為、第1巻辺りの記載は誤植も大いにあり得るのではないかと邪推してしまうのです。もしくは、この第1巻時点ではお父様が日常生活を共にしており、その後単身赴任などで別居している。といったことも考えられますが、いずれにしても同居しているお父様がもし傍に居るのであれば一度も姿が見えない・話題にも上らないというのは不自然が過ぎると思うのです) ここまでの情報をまとめますと、姫坂家はごく一般的な「ご両親の揃った一人っ子の核家族であろう」と推測でき、白咲家は「別居しているお婆様がいて、母子家庭かつ一人っ子の核家族であろう」と推測でき、星野家は「母子家庭かつ娘が2人いる核家族であろう」と推測できます。 同年代の娘(ひなたさん、乃愛さん、花さん)がいるという共通点はあるものの、それぞれの家族の在り様はみなタイプが異なると言えそうです。 さて、遠回りしましたが本題に入りましょう。掲題の「母親役」「父親役」という概念は広く知られていると思いますので詳しくは割愛しますが、念の為軽く触れておきます。 子育てにおいて、子どもの躾の為に厳しく接するのは子どもとの距離の近い母親が担うものである。という認識の元、一般的に「母親役」とは厳しく律する立場を指します。一方、厳しく言われた子どもをやさしく諭すことで母親の伝えたかったことを子どもに定着させるのは普段子どもと距離感のある父親が担うものである。という認識の元、一般的に「父親役」とは子どもをやさしく導く立場を指します。 この役割の分担は、例えば姫坂家では文字通りエミリーさんが「母親役」をこなすでしょうし、普段影の薄いお父様が「父親役」をこなすでしょう(エミリーさんは乃愛さんに対しては非常に甘いようですが)。今回の物語では04においてその片鱗として「母親との約束を守らず寝不足状態の乃愛さん」に対してエミリーさんが諭すシーンを入れました。 |
このシーンではエミリーさんの口調は温厚ではありますが、それでも普段の甘々な接し方とは異なり親として言うべきことをはっきり言い、乃愛さんに自然と反省を促し、もし次同じ状況になったときにはどうすべきか示すという「躾(教育)」を立派にこなしています。これは後の10における星野家の躾シーンとの対比ということで、「やさしく伝えても躾という観点では十分効果は出る」ことを予め示す為に挿入したものでもあります。このシーンではエミリーさんが「母親役」も「父親役」も両方こなす形にしておりますが、見えないところ(物語として描いていないところ)ではしっかりとお父様も役割をこなしていることでしょう。
04における、ほっとする「躾」のシーンの後に控えているのが07における千鶴さんによる乃愛さんへの接し方、および10における千鶴さんによるひなたさんへの「躾」です。 07では乃愛さんは「よその子」であるという前提で、「千鶴さんとしてはやさしい言い方」ではありましたが、千鶴さんは乃愛さんの素質(しっかり伝えれば理解できる地頭のよさを持つ)を見抜いた上で「あえて正論で封殺する」というやり方を選びました。確かに、度々原作にも登場する「ひなたさんへの添い寝中の乃愛さんの様子」を見る限り、ひなたさんの足が乃愛さんの顔の近くにあったりと致命的な怪我を負う可能性は否定できません。そこを乃愛さんに認識させ添い寝を諦めさせることも「大人として、責任者としてしなければならないこと」ではあります。その観点において、千鶴さんは「よき指導者」であると言えるでしょう。 一方、言われた乃愛さんとしては顔見知りとはいえ大人から面と向かって自分の望みを打ち砕かれたのですから、まだ小学生ということもあり当然アフターフォローが必要です。しかし、千鶴さんは言うだけのことを言ったあとお買いものの為に退場してしまいました。これも千鶴さんの「いつものやり方」と後々分かりますが、この時フォローをしたのはみやこさんでした。この時点で「星野家ではどうやら「母親役」は千鶴さんであり、「父親役」はみやこさんなのかな?」とうっすら気づいていただけたなら作者としては想定通りであり、読みこんでいただきありがたく感じるポイントです。 この「母親役が千鶴さんであり、父親役がみやこさんである」という役割分担が、これまで自然に星野家の中で行われていたことがintermezzoにて明かされます。千鶴さんが「こらっ!」と怒り、ひなたさんが「みゃー姉~」と泣きつき、みやこさんが「いい? もうやっちゃダメだよ?」と諭す。このようなバランスで「ひなたさんの子育て」が行われてきたと。 しかしながら、10においてはそのバランスが千鶴さんにより意図的に崩されます。つまり、母親役は変わらず千鶴さんですが、父親役をするはずのみやこさんがひなたさんを慰めるより先に千鶴さんに抗議に行ったことから「父親役が空席となる状況」が作り出されました。そこに「配役」されたのが乃愛さんだったのです。 |
千鶴さんの頭の中にはエピローグで明かされるように「自分への怒りを芽生えさせることと大人も絶対ではなく間違えると気づかせること」を目的としたものだったのですが、当然ながらこの時の乃愛さんにはそこまで分かりませんし、味方であるはずのみやこさんからもひなたさんのことを丸投げされたような感覚を覚えます。「自分しかいない」という覚悟を持って、ひなたさんに接する乃愛さん。不穏な状況にあっても、その時その時で自分にできる最善を尽くしていくことで事態が少しずつ好転していく様を、乃愛さんの成長と絡めて描こうとしました。
ともあれ、ここでの千鶴さんには「乃愛さんの持つひなたさんへの熱い想いがあれば、立派に父親役はこなせるはず」という算段があり、加えて「大人への不信感を植え付け疑問を持たせる」為にひなたさんに厳しく接し、あわよくばそのことにより「こんな人の言うことなんて聞く必要ない! 自分のやりたいようにやる!」と「(短絡的ではありますが)踏ん切りをつけさせる」ことまで視野に入っていたのかもしれません。実際の乃愛さんは11においてあくまで冷静に、千鶴さんの行動についてひとつひとつ分析をし、その結果千鶴さんへの怒りの感情は持ちましたが、短絡的とは真逆で考えに考え抜いた末、頼りになるお姉さんであるみやこさんからのアドバイスを取り入れて決断しブレイクスルーしたのでした。これは千鶴さんの思惑をも大きく上回り、まさに「上位天使への脱殻」と呼べる「葛藤を浴びることによる魂の禊」を自力で行ったことになります。恋する天使は非常に力強いものであることを表現しようとしました。 本作では世間一般の「母親役」「父親役」という概念を用いて、星野家における役割、そして役割の変遷。それらを通して、千鶴さんの乃愛さんへの期待度を表現しようと試みました。 |
■【余談】物語の作り方について
本作固有のお話ではないのですが、物語をどのように作っているのかを問われることが度々ありましたので、こちらに記載してみようと思います。 一般的に物語を作る際には「プロット」という設計図を作ります。そこは私も同じであり、特に奇をてらったことはしておりません。 ただし、序盤はかなりカッチリとした筋道を作るのですが、中盤以降はかなりゆるくなります。終盤はほとんど「彼女たち」にお任せする形となり、結末も私には見えない状態で「彼女たち」の有り様をただただ書き留めるという作業が続きます。 ここでいう「彼女たち」とは即ち登場人物となる乃愛さんたちのことです。非常に感覚的な説明となってしまうのですが、「物語を書き上げる」というよりは「彼女たちが織り成す様を書き留める」といった方がより正確かと思います。 以降、すべて脳内での動きですのでご了承ください。 透明な箱を用意します。この箱を本作であれば「わたてんシミュレータ」と名付け、そこに登場人物となる「彼女たち」に入り込んでいただきます。「彼女たち」にはそれぞれいくつものパラメータがあり、一例を挙げると 「体調」 「テンション」 「目的意識」 「A~*さんに対する好感度」 「苦手意識」 「許容できること・できないこと」 などです。実際にはもっと多様なパラメータを設定することがあります。 それらパラメータをお一人ずつ設定した彼女たちに、シミュレータの中で自由に動いていただきます。 実際には「彼女たち」の人格を原作やアニメからコピーし、各々に魂を吹き込み(アニメイトし)、脳内で自在に動かすことになるのですが、「こういう作品を作りたい!」という欲求が大きすぎると偏りが生まれて失敗します。私の場合ですが、あくまでニュートラルに原作の世界観を忠実に再現することに注力するとうまくいくことが多いです。ニュートラルに日々の日常をシミュレートできれば次の段階へ。導きたい物語を紡いでもらう為に「味付け」をします。これには先のパラメータのうち「目的意識」の項を入念に煮詰めます。今回は乃愛さんが主人公ではありますが、大事なのはその周囲の人の目的意識であり、千鶴さんの「宝である子どもを一段階成長させる」といったものや、みやこさんの「乃愛さんを見守り支え、道を示す」といった「導く側の行動原理」を定めると、それに触れた乃愛さんひなたさんも影響を受け行動が変わってきます。 |
ちなみに乃愛さんの行動原理は「ヒナタちゃんと一緒に寝たい。カワイイアタシでいたい」という、ほぼ原作準拠のものでした。
ここまでを無意識下でできるようになれば、あとは彼女たちの有り様を書き留めることで「物語」が紡がれていきます。この方式は外から眺めることになりますので、三人称神視点客観型と相性が良いです。本作のように一人称小説にするには乃愛さんの内面(つまり地の文)まで吐露していただく必要がある為、「独り言の多い乃愛さん」となってしまうのですが、それもまた愛らしいのでよしとしております。 透明な箱(第四の壁)の向こうで行われることを書き留めるだけなのですが、これがどうしてかなりの脳内リソースを消費します。想像力、創造力、妄想力勝負となる為です。体調の優れない時に無理にシミュレートしようとすると、タルパなど望まぬ副産物を生み出す可能性がありますので、実践される方は(いないとは思いますが)自己責任にて慎重にお願いいたします。 |
■雑談 今回も小学生としては少々(かなり)精神年齢の高い内面描写となってしまったかな︙︙という自己評価です。乃愛さんは原作での振る舞いからして、大学生であるみやこさんすら思いつかないような解決策を「ピーン!」とひらめく描写(原作8巻 49ページなど)が多いことから、「その年代ではありえないようなトリックスター的役割をこなせるスーパー小学生」として描いてしまいがちです。本来、乃愛さんのかわいらしいところは「そのような頭のキレを持ちながらも、みやこさんにいいように懐柔されてしまったり、ひなたさんに振り回されてしまうといった「抜けてるところがある」側面を含めたもの」であると認識しているのですが、今回はシリアス路線で書くと決めたことからそういうファニーな側面を出せずじまいでした。その点が悔やまれます。 表現の面で思い残すことがあるとすれば、11における乃愛さんの内面描写にて「自分が怪我をしたりのぼせるといった事態は「自分自身が痛い・苦しいから避ける」という自分本位な判断基準ではなく、「周囲の大切な人が悲しむから避ける」という視点を持つべき」というところまで織り込めなかった点です。省いたのは長くなりすぎてテンポが崩れる恐れがあったことと、乃愛さんであればその辺りは付随的な価値観として(作者が書かずとも)認識済みであろうという期待からでしたが、こういう点を読むテンポを崩さず表現できるようになりたいなと。 新アニメプロジェクトが開始されましたね。ファンとしては二期を期待してしまいますが、二期であれば二期と大々的に表明するでしょうから、恐らく二期ではなくOVAやスピンオフのようなものであろうと推測しております。二期をするのであれば、恐らく原作ストックとしてひなたさんたちが小学校を卒業するところまで描かれてからになるのかなと。いちファンとして椋木ななつ先生にはお体を大事にしていただきつつ、二期を作れるだけの物語の展開を望んでおります。 もっとも、2月に原作9巻が発売されるそうですので、決して椋木ななつ先生のペースが遅いわけではありません。ファンとしては彼女たちのかけがえのない、限りある日々を大切に描いて欲しいと願っております。 |
※2月6日 ファーストライブを終えてからの追記。
新アニメプロジェクト、まさかまさかの劇場版でしたね。この発表にはさすがに驚嘆いたしました。第一期のアニメ終了後、第二期を待たず劇場版製作に踏み切る作品は「魔法少女まどか★マギカ」がそうでしたが、わたてん! もそれに比肩する人気作品に育ったのだなと感慨深いものがあります。 この度は劇場版発表、誠におめでとうございます。いちファンとして引き続き応援させていただきますので、製作陣のみなさま、声優陣のみなさま、どうかお体を大切にしつつ取り組んでいただけますと幸いです。 長文乱筆、失礼いたしました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 |